鮭を二つにしない

兼松ひかりが病院の検査室を出たのは、日付が変わってからだった。

夜間受付に、妹からの紙包みが預けられていた。鮭のおにぎりが一つ。大人の拳より大きく、中央に浅いくぼみがある。

子どものころ、母は朝寝坊すると大きなおにぎりを一つだけ作った。ひかりと妹は、そのくぼみに親指を入れて半分に割った。鮭が多い側を妹へ渡すのが、姉の役目だった。

今夜、妹は夫の家を出た。昼に届いたメッセージには、駅のロッカー番号と〈二晩だけ泊めて〉の文字があった。ひかりは既読をつけたまま返していない。

妹は、両親には知らせないでほしいとも書いていた。夫が謝れば戻ってしまう自分を分かっているから、今夜だけ鍵を閉めてほしい、と。ひかりは検査機器の警告を処理するふりで画面を伏せた。助けると返せば、姉として最後まで背負わなければならない気がした。返さなければ、仕事だけは予定どおり進む。

来週から主任候補の試用期間が始まる。欠勤すれば、家庭の事情を仕事へ持ち込む人だと思われるかもしれない。妹の夫は外では礼儀正しく、頬の痣も「転んだ」で通る薄さだった。事情を上司へ説明するには、妹の秘密まで差し出さなければならない。

ひかりは休憩室で包みを開いた。焼いた鮭の匂いが広がり、冷えた米は指で押すと少し固かった。

いつもの場所へ親指をかける。二つにすれば、片方は今夜、片方は明朝。何でも分ければ持ちこたえられると思ってきた。仕事と家族。姉である時間と、自分の時間。

けれど今夜は割らなかった。くぼみからそのままかじる。鮭は中心だけでなく、端まで細く混ぜ込まれていた。どちらを取っても同じだったのだと、噛んでから分かった。

ひかりはおにぎりを一つの形のまま食べきった。休暇申請を開き、理由欄には〈家族の安全確保〉とだけ書く。二日分を申請し、主任候補の担当者へ送った。

次に、妹が預けたロッカー番号を紙包みの内側へ書き写した。自宅の予備鍵を封筒へ入れ、夜間受付へ預ける。

空になった包みは二つに折らず、ひかりは一枚のまま胸ポケットへしまった。