鯛の目のまわり
ポートフォリオを返された封筒は、鞄の中で板のように固かった。
五社目の不採用だった。専門学校を出て二年、印刷会社で文字の差し替えばかりしている。昼休みに作った作品を夜中まで直し、送っては戻される。今日の面接官には「丁寧だけれど、あなたである必要が見えない」と言われた。
知らない路地の居酒屋に入ると、常連らしい老人が一人、奥で将棋の詰め問題を眺めていた。店主と目が合っても挨拶はなく、盤面の紙を指で押さえただけだった。
壁の品書きを決められずにいると、老人が紙を裏返した。その裏には今日のおすすめが筆で書かれていて、いちばん上に鯛のかぶと煮とあった。僕が注文すると、老人はまた詰め問題へ戻った。
鍋から甘い醤油と生姜の匂いが流れてきた。煮汁が小さくふつふつ鳴り、皿に盛られた鯛の頬から白い湯気がほどける。飴色の皮はつやつやして、目の周りには食べ方の分からない細かな骨が集まっていた。
最初は頬肉だけを取った。柔らかく、甘辛い煮汁が舌に残った。そこだけなら簡単だった。けれど箸を目の際へ入れると、薄い身がまだ隠れている。骨を避け、皮をめくり、少しずつ拾う。手間のわりに取れる量は少ない。それでも味は頬より濃かった。
「そこ、残す人が多いんだ」
店主は皿を見て言った。それ以上は続けなかった。
封筒の中の講評には、直せる箇所が三つ書かれていた。余白の使い方、説明文の長さ、それから、自分の仕事を安全にまとめすぎていること。最後の一つだけ、何度読んでも腹が立った。図星だからだった。
奥の老人が鉛筆を置いた。詰め問題の紙には消し跡が何層もあり、端が毛羽立っていた。老人は答えを店主に見せず、また最初の一手へ戻った。
僕は明日の昼休みに直す作品を一つ決めた。全部を作り替えるのではなく、最も無難に逃げた一枚だけ、案を三つ出す。そして来週、応募先をもう一社探す。
不採用は不採用のままだ。けれど鯛の目の周りには、まだ薄い身が残っていた。生姜の匂いを含んだ煮汁は冷めかけても甘く、箸先に小さな手応えを返した。