黄金獅子の晩餐は固いパン
戴冠式の朝、王宮の大広間に黄金獅子が現れた。
代々の王を選ぶ聖獣で、鬣が逆立つと城壁さえ焼け落ちると言われている。貴族たちは我先に玉座の裏へ逃げ、近衛兵は盾を円形に並べた。
厨房の下働きオスカーは、配膳台の陰から獅子を見ていた。
黄金獅子は低く唸り、口元から赤い雫を落としている。誰もが血に飢えていると思った。だが獅子は肉料理を見ても飛びかからず、前脚で何度も口を掻いていた。
「口輪が食い込んでる」
神殿から運ばれる際につけられた儀礼用の金具だ。宝石だらけの口輪は見栄えこそよいが、幼いころの寸法のままらしい。成長した顎へ食い込み、歯茎を裂いている。
「外せば噛まれるぞ!」
近衛隊長が叫んだ。
オスカーは返事の代わりに、王の朝食用だった固い丸パンを一つ持った。獅子の前へ転がすと、聖獣は噛もうとして痛みに身を引く。
「腹が減ってるのに食べられないんだな」
オスカーは床へ座り、パンを水に浸して潰した。次に自分の首へ布巾を巻き、結び目をほどく様子を見せる。
黄金獅子の耳が動いた。
「これを外すだけだ。嫌なら右の前脚を上げてくれ」
しばらくして、獅子は右脚をわずかに持ち上げた。
オスカーは震える指で留め金に触れた。錆びた金具は固く、布巾を噛ませて梃子にする。ぱちん、と外れた瞬間、獅子が大口を開いた。兵たちが剣を抜く。
けれど出てきたのは炎ではなく、大きなくしゃみだった。
口輪の下は赤く擦れ、毛まで抜けていた。オスカーは冷たい布で拭き、厨房の蜂蜜を薄く塗る。柔らかくしたパン粥を差し出すと、獅子は皿を舐め尽くした。
王子が玉座から立つ。
「聖獣よ、次代の王を選べ」
黄金獅子は王子を素通りし、オスカーの足元へ来た。丸太のような前脚で彼の膝を挟み、巨大な顎をどすんと載せる。
オスカーの胸に太陽の契約印が灯った。
「え、俺は鍋磨きなんですが」
返事は喉を鳴らす音だった。
鬣へ手を入れると、金糸のような毛が指の間を滑る。王冠より重い頭は膝をしびれさせたが、その内側の温度は、火を落としたあとの竈よりも優しかった。