『三番ロッカーの赤字』

退職面談で、御厨奈々緒の前には受理済みの退職届と、匿名投書のコピーが並んでいた。

〈経理担当の御厨は領収書を抜き、立替金を着服している〉

財務部長の沢渡国彦は、温情を示すように言った。

「刑事沙汰にはしない。自己都合退職なら、今日で終わりにできる」

人事の堂前幹は、投書に赤線が引かれた帳簿を見た。

「原本はどこですか」

「匿名箱だ。通報者は明かせない」

御厨は三番ロッカーの解錠履歴を差し出した。領収書が消えた日の午前二時十三分、総務用のマスターカードで開けられている。御厨本人は休暇中だった。

沢渡は、清掃員が間違えたのだろうと言った。

堂前は投書の紙を照明へかざした。会社の複合機は、印刷日時と機器番号を肉眼では見えにくい黄色点で残す。解析画面には、財務部長室の機器番号と、午前二時九分という時刻が出た。

「部長室の複合機を清掃員が使ったと?」

沢渡は黙った。

さらに、帳簿の共有ファイルには版履歴があった。御厨が退社した十九時版では、立替金はすべて精算済み。午前二時六分、沢渡のアカウントが返金日を削除し、同二時九分に赤線入りのページを印刷している。三番ロッカーから抜かれた領収書は、今朝、沢渡の机の鍵付き引出しから監査担当が見つけていた。

「なぜ、そこまで」

御厨が尋ねると、沢渡は視線を落とした。来月の監査で、自分の架空出張が見つかる。帳簿を管理していた御厨を先に辞めさせ、責任を残しておきたかったのだ。

堂前は退職届を御厨へ返した。

「受理を撤回します。御厨さんには内部監査室への異動を打診します」

続いて、沢渡の社員証を机の中央へ置くよう求めた。

監査担当が机上へ置いた別の封筒には、沢渡の架空出張三件の原本が入っていた。申請者と承認者は別名になっていたが、電子印影の貼付履歴はすべて沢渡の端末だった。匿名投書は、監査の入口を御厨へ向けるための標識にすぎない。堂前が内線で警備を呼ぶと、沢渡は退職届の上に置いた手をようやく離した。

三番ロッカーから消えた赤字は、部長の経歴へ移った。