『会議室〈梢〉の予約者』
昇進査定の面談室で、柚木崎環は新規事業企画を説明した。社員食堂の余剰食材を地域の子ども食堂へ回す仕組み。数字も運用図も整い、役員たちは感心している。
「朽木野課長が一人でまとめたのですか」
人事役員が尋ねると、候補者の朽木野駿は胸を張った。
「はい。柚木崎には清書を手伝わせただけです」
環は面談の記録係として壁際に座っていた。発言を許されていない。だが査定委員長が「異論は」と言った瞬間、彼女は手を挙げた。
「会議室〈梢〉の予約履歴を見てください」
朽木野が鼻で笑う。
「企画の中身と予約が何の関係だ」
スクリーンに三か月分の予定が出た。毎週木曜の十八時から二十時まで、予約者は環。件名は「廃棄量改善プロジェクト」。参加者は経理の菱沼澪と栄養士二名だけで、朽木野の名前は一度もない。入退室センサーにも四人分の社員証しか残らず、朽木野が口頭で参加したという余地さえなかった。ホワイトボード写真の撮影者も、すべて環だった。
「勝手な勉強会だろう」
「そうです。課長に却下されたので、勤務外に試算を続けました」
環は共有ファイルの履歴を開いた。初稿から第十四版までの作成者は四人。第十五版だけ、査定提出前夜の二十三時十六分に朽木野が開き、作成者欄を自分へ変更していた。アクセス元は役員フロアの端末だった。
「私はその夜、常務に呼ばれていただけだ」
「常務室の予約は二十二時に終わっています。二十三時から〈梢〉を予約したのは課長です」
同じ夜の会議室予約が表示される。用途欄には「昇進資料仕上げ」とあった。
朽木野は環を睨んだ。
「部下の成果は管理職の成果でもある」
委員長は企画書を閉じた。
「ならば、部下の名前を消す必要はなかった」
査定表が回収される。人事役員は新しい用紙を二枚出し、一枚を朽木野の前から下げ、もう一枚を環の前へ置いた。
「課長昇進審査を中止し、柚木崎さんを主任候補として再審査します」