あなたの名を返す祭

名結びの都では、恋人たちは互いの名を一音ずつ交換する。

リュカナは自分の〈ナ〉をバルドへ預け、彼の〈ル〉を受け取った。

結ばれているあいだ、離れていても相手の名を呼べば、胸の奥が温かくなる。

別れるには、二人そろって音を返さなければならない。

三年目の春から、リュカナが「バルド」と呼んでも、預かった〈ル〉は冷たいままだった。

彼はまだ優しかった。

市場では荷物を持ち、雨の日には迎えに来た。

ただ、彼女を見る前に一度、笑う準備をするようになった。

「名を返しましょう」

祭の前夜、リュカナは言った。

バルドは首を振った。

「僕が悪い。君は怒っていい」

「怒っています」

「なら、僕の名を持っていて」

「罰として?」

「せめて、君が望むまで」

名の一音を欠いた者は都の門を越えられない。

バルドは北の工房から誘いを受けていたが、〈ル〉を返されなければ旅立てない。

彼の心はもう、リュカナではなく、見たことのない土地へ向かっていた。

「あなたの体だけ都に残して、私を愛したことにするの?」

リュカナが訊く。

「そうは言ってない」

「言わないから、よけいに分かるの」

祭の日、広場には別れを選んだ恋人たちが集まった。

二人は白い紐で結ばれた名札を持ち、向かい合う。

司祭が問う。

「返すことを望みますか」

バルドは答えられなかった。

リュカナは笑った。

「私が先に返します」

彼女は預かっていた〈ル〉を声にした。

光の一音が胸から抜け、バルドの名へ戻る。

「バルド」

完全な名で呼ばれた瞬間、彼の輪郭が明るくなった。

都の門が、遠くで開く音を立てた。

バルドは泣きながら、彼女の〈ナ〉を返した。

「リュカナ」

胸の奥が最後に一度だけ温かくなり、それから静かになった。

「笑わなくていい」

バルドが言う。

「あなたが笑顔を好きだったからじゃない」

「では、なぜ」

「名前を人質にしなかった自分を、ちゃんと好きでいたいから」

祭のあと、バルドは北へ旅立った。

門を出る前に何度も振り返ったが、リュカナは手を振り続けた。

姿が消えると、彼女は白い紐をほどき、川へ流した。

もう彼の名を呼んでも、温かくはならない。

けれど完全な名前で送り出したことだけは、誰にも奪えなかった。

愛が終わった相手を縛らないことは、愛し続けることよりも、少しだけ痛くて誇らしい別れだった。