あなたの家族は、あなたで
鵜飼千景の父が余命半年と告げられたとき、夫の亮一は一度も病院へ来なかった。
「嫁に出た人間が実家へ通うのはおかしい」
義母の澄江はそう言い、千景が介護休暇を申請すると、夫婦の家事を放棄する気かと責めた。亮一も「君の家族の問題は、君が何とかして」と言った。
千景は仕事を続けながら一人で父を看取った。最期の夜、亮一は母との外食を優先し、電話にも出なかった。その言葉だけを、千景は忘れなかった。
五年後、澄江の腎機能が悪化した。週三回の透析に加え、歩行にも介助がいる。
病院の相談室で、義父の久蔵が千景へ通院予定表を押しつけた。
「お前が車を出せ。亮一は会社がある」
「私にも仕事があります」
「嫁の仕事と息子の仕事を同じにするな」
亮一は目を合わせずに言った。
「母さんを見捨てるのか。家族だろ」
千景は携帯の留守番電話を再生した。
『君の家族の問題は、君が何とかして』
若いころの亮一の声が、白い部屋に流れた。
亮一が顔をしかめる。
「そんな昔のことを持ち出すなよ」
「あなたに教わった家族の線引きを、私は守るだけです」
千景は別居合意書を机に置いた。亮一が母の介護を夫婦の相談なしに引き受けた日、千景は家を出ている。車も自分名義で、送迎に使わせる意思はない。緊急連絡先にも、主介護者にもならない。
澄江が声を震わせた。
「父親を看たなら、やり方は分かるでしょう」
「分かるからこそ、引き受けません。介護する人の時間も、仕事も、人生も消えるんです」
透析室の事務員が、送迎契約書を持ってきた。
「ご家族送迎を利用されない場合、付き添い可能な方を登録します。長男様でよろしいですか」
久蔵は亮一を見た。
「会社はどうする」
亮一の答えを待たず、事務員は年間百五十六回の予定表を印刷した。
《付き添い責任者 鵜飼亮一》
最初の通院日は、翌朝七時。会社への連絡も、車の手配も、すべて亮一の欄に残った。