お守りの中の宣戦布告
入試当日の朝、下駄箱に紺色のお守りが入っていた。
白い糸で『必勝』と縫ってあるが、右の字が少し傾いている。裏には小さく、出席番号だけが刺繍されていた。
誰からかはすぐ分かった。
定期試験の順位を三年間競ってきた、斜め前の席の相手だ。僕が一位なら彼女が二位。彼女が一位なら僕が二位。教科書を忘れても貸さず、消しゴムを落としても拾う速さで勝負した。
同じ大学を受けることは、進路希望表で知っていた。
ホームで会うと、彼女は単語帳をめくっていた。
「これ、下駄箱に入れた?」
お守りを見せると、彼女はページから目を上げなかった。
「拾っただけじゃない」
「出席番号まで偶然?」
「暇な妖精がいるんでしょ」
電車が来た。僕らは隣に座ったが、試験の話はしなかった。窓へ映る顔がどちらも硬かったからだ。
会場の門前で別れるとき、彼女が言った。
「中、開けないで」
「何か入ってるの?」
「終わるまで絶対に開けたら駄目」
試験中、お守りは胸ポケットにあった。難しい問題で手が止まるたび、布の角を指で押した。彼女も同じ問題に苦しんでいると思うと、なぜか落ち着いた。
帰りの電車で再会した。互いに答え合わせをしたいのに、怖くてできない顔だった。
「開けていい?」
彼女は窓の外を見たまま、うなずいた。
縫い目を少しほどくと、小さく折られた紙が出てきた。
『合格したら、大学でも勝負。どちらか一人だけ落ちたら、合格したほうが一年待つ。二人とも落ちたら、駅前の予備校で勝負』
最後に、さらに小さな字が続いていた。
『離れる選択肢はありません』
読み終えると、彼女が単語帳で顔を隠した。
「それ、宣戦布告だから」
「一年待つのは無茶だろ」
「じゃあ二人とも受かればいい」
「簡単に言うな」
「今さら?」
僕らは三年間、互いを負かすために勉強してきた。けれど本当は、隣からいなくならないよう追いかけていたのかもしれない。
合格発表の日、番号は二つともあった。
校内で彼女を見つけると、お守りを返そうとした。彼女は受け取らず、僕の胸ポケットへ押し戻した。
「次の試験まで持ってて」
「次って?」
「大学の最初の中間」
僕は笑った。
宣戦布告は、少なくとも四年間続くらしい。