ひと息のキャンドル

織部綺羅がマイクへ息を吹くと、舞台の百本の電子キャンドルが消えた。

弟が死んだ誕生日から十年。家族動画を素材に作られた追悼曲は、ベルと口笛が跳ねる、あまりに明るいバースデーポップだった。綺羅はこれまで一度も歌えなかったが、今夜の慈善番組で初披露する。

イントロには、弟が数を間違えて笑う声が薄く残っていた。

「ひと息で消して」

当時、停電した居間で本物のろうそくを灯した直後、火災が起きた。弟は死亡、綺羅は窓際で発見された。警察はケーキの火がカーテンへ燃え移った事故と結論づけ、綺羅も自分が顔を寄せたせいだと思ってきた。だから誕生日が来るたび、家中の火を消して眠った。煙の匂いも避けた。

Aメロで、伴奏の鈴が規則的に鳴る。高、高、低。番組の音響担当が首をかしげた。それは音楽用のベルではなく、旧式煙感知器の警告パターンだった。家族動画の録音には、ろうそくを灯す九分前から警報が入っている。

サビで子供たちの合唱が重なる。

「ひと息で消して」

綺羅の記憶では、父が笑いながらマッチを擦った。だが映像を一コマずつ送ると、父の手にはマッチがない。テーブルの下へ伸びたコードだけが見える。保険金を受け取った父は、今も客席の最前列にいる。

曲の中盤、口笛に見せかけた高周波を下げる。弟の声が現れた。

〈お姉ちゃん、窓へ行って。僕が消す〉

弟は警報に気づいていた。綺羅を窓際へ押し、ろうそくを吹き消した。その一秒後、カーテン裏に仕掛けられた着火装置が作動した。ろうそくが火元ではない。誰かが、炎が消えたのを確認してから別の火をつけた。

最後の一音と同時に、舞台の電子キャンドルが一本だけ再点灯する。父の席を照らす位置だった。スクリーンには動画の無線記録と、父の携帯から送られた点火信号が表示された。

綺羅は父を見ず、弟の最後の呼吸へ自分の声を重ねた。

「ひと息で消して」

誕生日の遊びではなかった。弟が命と引き換えに、姉の周りから火を消そうとした一息だった。