インコの、おかわり
杉浦央士が兄の部屋から引き取ったセキセイインコは、ピノという。
青い羽をした小鳥で、朝になると「リンゴ」「ギュウニュウ」「オカワリ」と順不同に喋った。兄の隆明が台所で覚えさせたらしい。
央士と兄は、子どもの頃から何でも競った。成績も背丈も、母の日の贈り物さえ張り合った。けれど料理だけは兄の方が上手で、特にカレーうどんは店のものよりうまかった。
最後に食卓を囲んだ日、兄が「新しい隠し味を入れた」と得意げに出したのに、央士は仕事の電話を理由に箸をつけなかった。その丼がどんな味だったか、もう知ることはできない。
命日に、央士は初めて再現を試みた。
出汁へカレー粉と醤油を入れ、とろみをつける。香りは似ているが、ひと口飲むと角が立っている。
「何が足りない」
「リンゴ!」
ピノが籠の中で胸を張った。
すりおろした林檎を入れると甘すぎた。
「まだある?」
「ギュウニュウ!」
半信半疑で少し加える。色がやわらぎ、辛さの奥に丸みが出た。兄がインコへ料理を教えたわけではない。ただ毎週同じ言葉を口にしていたのだろう。
うどんを煮込み、葱をのせる。湯気が上がった途端、ピノが羽ばたいた。
「オカワリ、オカワリ」
央士は笑いかけて、目の奥が熱くなった。
「まだ一杯目だ」
食べてみると、兄の味とは少し違った。けれど林檎の甘さと牛乳のまろやかさの間に、食べずに終えた最後の丼が想像できた。
央士は空の向かい席へ、もう一つ丼を置く代わりに、小さな器へうどんを一口だけよそった。
「今回は俺の勝ちでいいな」
ピノがすぐに「オカワリ」と返す。
「そこは認めろよ」
鍋の底では、とろみのついた汁がまだふつふつ鳴っていた。部屋には出汁とカレーの匂いが満ち、兄弟げんかの続きを待つように、いつまでも温かかった。
央士は兄のレシピとして書き留める代わりに、頁の題を〈ピノが覚えていた三つの言葉〉にした。分量は自分で決め、辛さも少し強くする。兄を追い越すためではなく、次に誰かから「おかわり」と言われる一杯を作るためだった。