カピバラ洗濯店の乾燥待ち

 霜鳥史帆が毛布を抱えて「ふくふくランドリー」へ入ったのは、夜十時だった。

 夕飯のカレーを膝へ落とし、慌てて立った拍子に毛布まで鍋へ触れた。洗面台で洗ったものの、部屋では乾きそうにない。

 店番はカピバラのふくと、人間の管理人だった。

 ふくは乾燥機の前の木桶へ浸かり、顎まで湯につけている。ランドリーなのに小さな足湯があり、客も洗濯を待ちながら使える。

「大物コースですね」

 ふくが毛布を見て言った。

「今日中に乾きますか」

「四十分」

「長いなあ」

「乾く時間は、何もしない時間ではありません」

 史帆は広告制作の在宅勤務をしている。朝から一度も外へ出ず、チャットでは何十人とも話したのに、声を出したのは「熱い」とカレーをこぼしたときだけだった。

 洗濯機が回り始めると、管理人がココアを一杯出してくれた。ふくふくランドリーでは、夜の大物コースに飲み物がつくらしい。

「足、入れます?」

 ふくが隣の空いた桶を示す。

「毛布を洗いに来ただけなので」

「人間も、少し湯ですすぐとよいです」

 妙な勧め方に負け、史帆は靴下を脱いだ。

 湯は熱すぎず、足首の周りでゆっくり揺れた。ココアには少し塩が入り、甘さのあとから舌を起こす。

 乾燥機が回る低い音の中で、史帆はふくと天気の話をした。ふくは雨の日が好きで、晴れの日は少し眩しすぎるらしい。

「毎日、人と話してるのに、会話した感じがしないんです」

「チャットには湯気がありませんから」

「カピバラの言葉とは思えない」

「湯の専門家です」

 四十分後、毛布は温かく乾いていた。カレーの染みは薄く残ったが、ふくは鼻先を寄せて言った。

「今夜の匂いですね」

「消えなかった失敗です」

「眠れば見えません」

 史帆は毛布を抱えた。乾燥機の熱が腕から胸へ移る。店を出る前、管理人に次の足湯の日を訊いた。

「洗濯がなくても来ていいですか」

「むしろ、ない日の方がゆっくりできます」

 ふくが答えた。

 帰宅して毛布へ潜ると、洗剤の清潔な香りに、ほんの少しだけカレーとココアが混じった。完璧には消えなかった一日の匂いが、なぜか今夜は悪くなかった。乾燥機の丸い窓と、湯の中で目を細めたふくを思い出し、史帆は久しぶりに誰かへ「おやすみ」と声に出した。