ハッシュタグの外側
午後六時、二十人の投稿が一斉に公開される。
広告代理店の最終勤務週、篠宮深雪は美容飲料の投稿一覧を見直していた。転職先はメーカーの広報部。これが代理店で担当する最後の案件になる。
一覧のどこにも、広告であることを示す言葉がない。投稿者への確認欄も空白のままなのに、管理画面だけはすべて〈承認済み〉になっていた。
「クライアントが、自然な口コミに見せたいって」
後輩は打ち合わせメモを開いた。責任者の赤字で、〈提供表記はプロフィールの奥へ〉とある。さらに投稿文には、根拠の確認できない〈一週間で肌が変わった〉という一文が全員分コピーされていた。投稿者の一人は事前確認で、味は好きだが効果はまだ分からない、と書いている。その慎重な言葉だけが、強い定型文へ置き換えられていた。
深雪は予約投稿を止めた。公開まで二十三分。
「感想を整えるのと、体験していないことを言わせるのは違う」
後輩が書いた原稿は、もともと商品の味や持ち運びやすさを丁寧に伝えていた。強い言葉へ直したのは上の判断だ。深雪は元の文章へ戻し、冒頭に提供を明記する。体験期間の短い人から効果の表現を外し、投稿者が自分の言葉を確認できるよう再承認のリンクを送った。
責任者は会議室から電話をかけてきた。
「もう辞める人が、売上を落とす判断をするな」
「辞めるから止めるんじゃありません。公開したあと、消してもスクリーンショットは残ります」
深雪は投稿手順へ、表示位置と根拠資料の確認欄を追加した。後輩には、クライアントの修正指示も履歴として残すよう伝えた。
午後六時十二分。二十人の投稿は、広告だと分かる形で公開された。反応数は予測より少なかったが、投稿者から〈これなら自分の言葉です〉と返信が来た。
机に戻ると、転職先から契約条件の確認が届いていた。広報部でも、数字を優先する場面はあるだろう。深雪は署名する前に一文を加えた。
〈広告表示と表現根拠について、公開前に差し戻す権限を職務に含める〉
了承の返事を待ち、来たことを確かめてから、深雪は承諾ボタンを押した。
次はハッシュタグの内側で、言葉を選ぶ。