フェンス越しの告白予行
「好きです。ずっと前から」
彼女は屋上のフェンスに向かって、三度目の告白をした。
僕は給水塔の影で腕を組み、首を振った。
「硬い。面接みたい」
「じゃあ、どう言えばいいの」
「もっと普通に」
「普通が分からないから練習してるんでしょ」
風が強く、彼女の前髪が何度も目にかかった。放課後の校庭ではサッカー部が声を上げている。ここだけ別の学校みたいに静かだった。
彼女が告白したい相手は、同じクラスの誰かだという。名前は教えてくれない。僕は「放課後に屋上へ呼び出す時点で七割成功」と、根拠のない助言をしていた。
「もう一回」
彼女は深呼吸した。
「一緒にいると、安心する。くだらない話もできるし、黙ってても困らない。だから、これからも――」
そこで止まった。
「いいじゃん」
「何が?」
「今の」
「告白になってない」
「十分だろ」
彼女はフェンスを握り、向こうの空を見た。夕日が雲の端を赤くしていた。
「相手が鈍いんだよ」
「じゃあ名前を呼べば」
「呼んだら、あんた逃げるでしょ」
僕は笑いかけて、失敗した。
風の音だけが大きくなった。
彼女は僕を見なかった。耳だけが赤かった。さっきまで何度も繰り返していた言葉が、急にすべて別の意味を持った。
「相手、僕なの」
「今さら?」
「いや、だって、練習って」
「練習に毎日付き合う人を、他の誰かへの告白のために屋上へ連れてくると思う?」
思わない。けれど、思わないようにしていた。
僕はフェンスから背を離した。足元の小石を蹴ると、コンクリートの上を頼りなく転がった。
「返事の練習、してない」
「本番でいい」
彼女がようやくこちらを向いた。泣きそうでも、笑いそうでもあった。
僕は何か格好いいことを言いたかった。けれど、口から出たのは、
「明日もここ来る?」
だった。
彼女は一度まばたきをした。
「来る。付き合ってくれるなら」
「どっちの意味で?」
「鈍い」
彼女が僕の肩を小突いた。その瞬間、予鈴が鳴った。最終下校まで十五分。
僕らは階段へ向かった。屋上の扉を閉める直前、彼女がフェンスに向かって小さく言った。
「成功」
僕は振り返らず、親指だけを立てた。
翌日から、告白の練習はなくなった。それでも僕らは屋上へ通った。黙っていても困らないことを、毎日確かめるために。