マイクは切れていなかった
文化祭初日の朝、体育館で榊祥子は司会台本をめくりながら言った。
「私、布施と組むの嫌だったんだよね」
隣の布施大雅が固まった。
正確には、彼女は放送委員の友達に向かって、もっと長い話をしていた。
「だって布施、普段ふざけてばっかりだし。司会中も変なこと言いそうだし。でも昨日のリハで、私が台詞飛ばしたとき全部拾ってくれて、ちょっと格好いいと思ったとか、本人には絶対――」
そこで体育館のスピーカーが、キン、と鳴った。
舞台袖、客席、二階ギャラリー。開会式を待つ全校生徒の視線が一斉に司会台へ集まった。
祥子は手元を見た。
マイクの赤いランプが点いていた。
「……言わないでって、放送委員に頼もうと思ってました」
続きを言ってから、両手で顔を覆った。
客席のどこかで笑いが起き、それが波のように広がった。先生まで咳払いで笑いを隠している。
布施は一歩、マイクへ近づいた。
「ただいまの放送は、機材点検です」
体育館がさらに沸いた。
「布施、やめて」
「榊さんの発言は、音量、明瞭度ともに良好でした」
「やめてって!」
「内容については、司会者として公平に確認します」
布施は台本を閉じ、全校生徒を前にしたまま、祥子の方だけを見た。
「俺も榊と組めて、かなりうれしいです」
一拍遅れて、拍手と口笛が爆発した。
祥子は逃げたかった。けれど開会式開始まで残り十秒。司会者は二人とも定位置にいなければならない。
布施が小声で聞く。
「変なこと言った?」
「最悪」
「じゃあ台本通りにする?」
「最初からそうして」
五秒前。
二人は同時に息を吸った。
祥子が開会を告げ、布施が文化祭名を読み上げる。声は不思議なくらいそろった。
その日、二人は一度も台詞を飛ばさなかった。
閉会式のあと、祥子が真っ先に確認したのは、マイクの電源だった。赤いランプが消えているのを三回見てから、布施に言った。
「さっきの確認結果だけど」
「うん」
「内容も、良好」
誰にも聞かれていないはずなのに、舞台袖からまた拍手が起きた。
放送委員が、まだスピーカーの電源だけは切っていなかった。