ルームキーは黙らない
私立探偵の鵠沼鷹臣は、雨の中でホテルのカードキーを拾った。
依頼人の雪路が、夫のコートから落ちたものだという。
「浮気です」
「断定は早い」
「裏に五〇八号室。金曜の日付。夫は毎週金曜、残業です」
「かなり黒い」
「早いですね」
翌週、二人はホテルのロビーで張り込んだ。午後八時、夫の巽が若い女性と現れた。女性は腕を絡め、巽は周囲を見回した。
「黒です」
「今度は早くていいです」
二人がエレベーターへ乗る直前、雪路は飛び出した。
「巽!」
夫は跳び上がった。
「どうしてここに」
「それは私の台詞。こちらは?」
若い女性が微笑んだ。
「初めまして。毎週、ご主人をお借りしています」
「借りる?」
「延長もお願いしました」
「時間制なの?」
「基本二時間です。今日は三時間」
雪路の拳が震える。
巽は鷹臣を見て、さらに青くなった。
「探偵まで?」
「証拠はそろってる。五〇八号室で何をしてるの」
「言えない」
「私より大事?」
「比較するものじゃない」
「相手は何人?」
「毎週変わる」
「常習犯!」
「向こうの都合もあるんだ」
「料金は?」
「僕が払うことも、もらうこともある」
鷹臣は手帳に「複雑な業態」と書いた。
若い女性が腕時計を見た。
「そろそろ始めないと。今夜は新婚旅行中の夫役ですよね」
雪路が瞬く。
五〇八号室へ入ると、テーブルの上に調査票、隠しカメラ、ホテルの制服が並んでいた。巽は宿泊施設専門の覆面調査員で、客役の女性と接客や防犯体制を検査していたのだ。機密契約のため、家族にも言えなかったらしい。
「じゃあ、腕を組んでたのは」
「新婚役なので」
「毎週相手が変わるのは」
「調査員の割り当てです」
「料金をもらうのは」
「仕事です」
雪路は鷹臣を見た。
「探偵料、返金できます?」
「調査は成功しています」
「何を突き止めたんです」
鷹臣はカードキーを掲げた。
「このホテル、落とし物管理が甘い。それと、尾行に気づかない調査員も甘い」
巽は反論せず、調査票の二項目に丸をつけた。