レシートの裏の献立
紗都はコンビニのレシートを、捨てずに財布へ入れた。
おにぎり二個、即席みそ汁、ひじき煮、炭酸水。合計六百四十二円。数字を見て、これならスーパーで材料を買ったほうが安い、といつもの声が頭に浮かぶ。動画で見た「平日五日分の作り置き」は、日曜の夜に保存して以来、一度も再生していない。
帰宅してコートを脱ぐと、部屋は朝のままだった。ベッドの上に部屋着、流しにはマグカップ、机には封を開けていない公共料金のはがき。生活は、少し目を離すとすぐ散らかる。
紗都は湯を沸かしながら、財布からレシートを出した。裏面は白い。ボールペンで「月 カレー」「火 鮭」と書いてみる。三日目で手が止まった。水曜の自分が何を食べたいかなんて、月曜の自分には分からない。
予定を埋められないことまで、だらしなさの証明に思えてくる。
スマートフォンには母から「野菜食べてる?」とメッセージが来ていた。悪意がないのは分かっている。だからこそ、ひじき煮の写真を撮って送ろうか迷った。きちんとしている証拠を、誰かに見せたくなる。
みそ汁の湯気で眼鏡が曇った。紗都は写真を撮らず、母のメッセージにも返信せず、おにぎりの包装を開けた。一つ目は梅、二つ目は昆布。どちらも、今夜の自分が売り場でちゃんと選んだものだった。
レシートの裏の献立を見直し、「水」の横に小さく「その日に決める」と書いた。木曜も金曜も同じ言葉で埋める。献立表というより、許可証のようになった。
六百四十二円は、調理と片づけをしなくていい時間を買った金額だと思えば、少し違って見えた。
紗都はひじき煮を容器のまま食べた。皿に移さなくても味は変わらない。流しのマグカップは明日洗えばいい。
今夜の献立は、梅と昆布と、決めすぎないこと。それで十分だった。
食後、紗都は母への返信欄に「今日は梅おにぎり」とだけ打った。野菜の報告も、元気なふりも足さない。返事が来る前に通知を切り、布団へ入る。明日の献立が空白でも、明日そのものまで空白になるわけではなかった。