一人分の煮込み

 古郡千景は、古書喫茶「匙」の料理棚で、分厚い家庭料理全集を抱えた。

 どの献立も「四人前」から始まる。肉じゃが、ロールキャベツ、クリームシチュー。けれど余白には、前の持ち主が赤鉛筆で計算し直した数字が並んでいた。玉ねぎ四個は四分の一個に、出汁六カップは一・五カップに。端数の多い頁ほど、何度も作ったらしく染みが濃い。

 ロールキャベツの頁だけは、計算が途中で止まっていた。

「一人分なら二個。翌朝の分を入れて三個」

 その下に、少し笑ったような字で「鍋は小さくても、ちゃんと煮える」とある。

 千景のスマートフォンには、母から帰省予定を尋ねる通知が五件届いていた。今年の年末も、親戚が集まる実家で過ごすことになっている。従妹の結婚報告を聞き、料理を運び、空いた席について「来年こそは」と笑われる。去年は胃が痛くなり、元日の朝までほとんど眠れなかった。

 それでも「一人で年越しする」と言えば、寂しい人だと思われる気がした。母を悲しませるとも思った。千景自身も、一人用の正月を想像すると、がらんとした冷蔵庫しか浮かばなかった。

 閉店まで十分。客は千景だけだった。店主はカウンターの鍋から、最後の珈琲を一杯分だけ落とした。大きなサーバーへ余計に作らず、小さな金属ポットで湯を量り、豆も一杯分だけ挽く。粉が少ないからといって、抽出を急がなかった。

 千景が本を買うと、店主は料理の染みを汚れとして拭かなかった。ロールキャベツの頁へ細い紙を挟み、厚い本を両手で支えて包装した。会計は一冊分、珈琲は一杯分。どちらにも不足の印はつかなかった。

 千景は母への返信欄へ、「今年は帰らず、自分の部屋で過ごします」と打った。心配される前に説明を足そうとして、指を止める。

「二日に電話します」

 それだけ加えて送った。

 帰り道、スーパーの営業時間を調べる。キャベツは一玉だと余るから、半分に切ったものを買えばいい。鍋は小さい。けれど三個なら、きっと並ぶ。

 包みの中で、赤鉛筆の割り算は、四人前の料理を寂しく減らすのではなく、千景の夜にちょうどよく作り直していた。