一時間に一文字

 城門の耐久値が三パーセントを切ったとき、灯里の視界に一文字だけ浮かんだ。

【外】

 送信者は《NULL_17》。存在しないはずの名前だった。

「無視しろ、アカリ! 次の全体チャットは作戦合図に使う!」

 指揮官が怒鳴る。

 この世界の全体チャットは、一人につき一時間に一文字しか送れない。巨大ギルドは百人の文字を同時刻に並べ、《右門総攻撃》のような文章を作って連携していた。一人の欠落で命令の意味が変わるため、各自の文字は一週間前から決められる。灯里の担当はいつも、命令を完成させる最後の一字だった。自由に使ったことは一度もない。

 だがログアウト不能になって三日目から、毎時ちょうどに見知らぬ名前が一文字ずつ現れるようになった。

【そ】【と】【に】【は】【ま】【だ】【朝】【が】【あ】【る】

 皆、敵の混乱工作だと笑った。ゲームの外を名乗る者ほど信用できない。何より一文字では、確かめようがない。けれど灯里は送信時刻を記録していた。《NULL》の文字だけは、サーバーが一瞬停止する毎時零分より、ほんの一秒早く届く。内部のプレイヤーには不可能な時刻だった。

 城門の向こうで黒い軍勢が槍をそろえた。今回の合図は《撃》。灯里が送れば百文字の命令が完成する。

 送信可能まで、十秒。

 そのとき《NULL_01》から新しい文字が来た。

【返】

 続いて別の名が送る。

【事】【を】【一】【字】

「送れ!」

 指揮官が叫ぶ。門が割れ、敵兵が雪崩れ込む。

 灯里は《撃》を消した。外に朝があるなど、罠かもしれない。けれど、城を守り続けても終わりはない。彼女は一文字だけ打った。

【生】

 百人の作戦文は《右門総攻生》という間抜けな文字列になった。兵たちは混乱し、灯里は槍に胸を貫かれた。

 倒れた視界で、チャット欄が猛烈な速さで埋まる。これまで一時間に一字だった《NULL》たちが、制限を無視して文章を流し始めた。

【生存応答を確認】

【隠しクエスト《外からの一文字》達成】

【当該ワールドは災害で隔離された旧サーバーです】

【救助回線を開放。敗北処理より先に全意識データを転送します】