一秒だけの創世
風間陽向が目を開けた場所には、窓がなかった。
地下神殿だという。空も風もない円形の部屋で、召喚された六人が順番に黒曜石の鏡へ手を触れていく。鏡には炎や雷が走り、《剣王》《大賢者》といった文字が浮かんだ。
陽向の番になると、鏡はただ彼の顔を映した。
「魔力ゼロ。太陽も知らぬ地下民より暗いとは、救いようがないな」
鑑定侯爵が鼻で笑った。
陽向は返事をせず、鏡の奥に見える文字を読んだ。
《一行創世》
現実へ、一文だけ書き加える。
使い方の説明はそれだけだった。回数表示は一。試すには重すぎる能力だ。けれど地下で生まれた人々が本物の空を知らないと聞き、書く文は決まった。だが兵士たちは既に、彼を荷運び用の扉へ連れていこうとしている。
「最後に、鏡へ何か書いても?」
「落書きなら奴隷札にしろ」
陽向は人差し指を上げた。
黒曜石の表面へ、白い線が残る。彼はたった一文を書いた。
――この部屋には、朝がある。
最後の点を打った瞬間、世界が一秒だけ息を止めた。
次いで、陽向の指先から朝日が差した。
細い光ではない。地平線の向こうから昇る、本物の朝だった。窓のない地下神殿に青空が生まれ、雲が流れ、遠い鳥の声まで響く。夜明けの赤が柱を染め、祭壇の宝石は自らの光を恥じるように消えた。
鑑定侯爵の黒曜石の鏡が、熱ではなく情報に耐え切れず、中央から白く割れる。
一秒後、空は消えた。
だが床には朝露が残り、兵士たちの鎧には雲の影が流れた跡がある。夢ではない。
神殿の奥で、老いた教皇が立ち上がった。彼は生まれてから一度も地上へ出たことがない。震える手で頬の雫を拭い、それが涙か朝露か確かめている。
「今の光を」
教皇の声だけが、暗闇に落ちた。
「もう一度、とは申すまい。創世者に命令できる者など、この国にはおらぬ」
陽向を連行するために開かれた扉は閉じられた。
代わりに、教皇の隣へ続く中央の階段が、彼のために空いた。