一駅先の約束

「一駅だけだから、一人で帰れる」

逢坂紗英は、江國晴継が送ろうとするたびそう断った。晴継の最寄りは紗英より一駅手前。乗車時間は三分しか違わない。それでも彼が乗り越せば、上りの終電はなくなり、歩いて戻るには遠かった。

友人として親切にされるたび期待する自分が嫌で、紗英は必ず彼を先に降ろした。

けれど今夜は、同じ路線に乗る最後の日だった。紗英は翌朝、仙台へ引っ越す。送別の食事を終え、二人は終電の端の席に並んだ。晴継の駅が近づくほど、車窓に映る距離が遠く見える。

「新しい部屋、駅から近い?」

「徒歩七分」

「夜道、明るい?」

「写真で見るかぎりは」

扉が開いた。晴継は立たない。

「降りないの?」

「今日は送る」

「戻れなくなるよ」

「戻らない」

電車が動き出す。晴継はポケットから、新幹線の予約画面を見せた。二週間後の日曜、東京発仙台行き。目的欄には《紗英の本棚を組み立てる》とある。

「そこまでしなくていい」

「一駅なら送ってもよくて、三百キロは駄目?」

「比較がおかしい」

「じゃあ、友達以外の理由なら?」

言葉の返事を待たず、晴継は紗英のキャリーケースを自分の足元へ引き寄せ、空いた手を差し出した。紗英はその手に指を重ねる。電車が揺れても、二人の肩は離れなかった。

紗英の駅に着く。晴継は改札の外まで荷物を運び、駅前のホテルを予約した。明朝は引っ越し便が来る前に、紗英の家で朝食を作るという。

「晴継」

名前だけで呼ぶと、彼は驚いたあと、紗英の手を握り直した。

駅前のコンビニで、晴継は歯ブラシと朝食の材料を買った。紗英が「ホテルに泊まる人の量じゃない」と笑うと、彼は仙台で使うマグカップまで籠へ入れる。長距離になる不安は消えなくても、次に何を一緒にするかなら、具体的に増やしていけた。

紗英はレシートの裏へ、新居の最寄り駅と待ち合わせ時刻を書いた。

「一駅だけだから、一人で帰れる」

その三分を越えた人は、もう送り届ける友達ではなく、次の街にも来る人になった。