三センチだけ右へ
席替えのあと、隣の机との隙間は三センチだった。
狭すぎる、と彼女が言った。
「あなた、字を書くとき肘が出るから」
「そっちだって教科書広げすぎ」
僕らは先週まで口をきいていなかった。文化祭の係決めで言い争い、互いに謝れないまま席替えの日を迎えた。よりによって、くじは僕らを隣同士にした。
彼女は自分の机を右へ三センチ動かした。通路が狭くなり、後ろの生徒が「通れない」と文句を言った。先生に直される。休み時間になると、また三センチ動かす。
僕も意地になり、自分の机を左へ寄せた。
二つの机は離れ、間に細い川のような床が見えた。
授業中、プリントを回すたび腕を伸ばさなければならない。消しゴムが落ちても、どちらの領土か判断に迷う。彼女が咳をしても、僕は前を向いたままだった。
三日目の放課後、掃除のため机を後ろへ運ぶとき、僕らの机だけ脚が絡んだ。
「そっち持って」
「命令しないで」
「じゃあ一人でやる」
彼女が持ち上げた瞬間、机の引き出しからファイルが落ちた。文化祭の企画書だった。表紙には、僕が反対して消えたはずの案が残っていた。
「まだ持ってたの」
彼女は拾いながら言った。
「全部嫌だったわけじゃない。時間が足りないって言いたかっただけ」
僕も、本当は分かっていた。彼女が企画を潰したのではなく、間に合わないと判断しただけだ。それでも、みんなの前で否定されたことが悔しかった。
「言い方、きつかった」
彼女が先に言った。
僕は机の脚を持ち上げた。
「僕も、聞かなかった」
二人で机を運ぶと、不思議なくらい軽かった。
掃除が終わり、元の位置へ戻す。彼女は床の線を見て、机を右へ動かしかけた。僕は自分の机を先に一センチ寄せた。
「肘、出るから」
「知ってる」
彼女も一センチ戻した。
隙間は一センチになった。
翌日の国語で、僕の肘は何度も彼女に当たった。そのたび小声で謝ると、彼女は「狭いから仕方ない」と言った。
席替えの一か月後、僕らはまた離れた。けれど文化祭の次の企画では、最初から同じ机を囲んだ。
話し合いに必要だった距離は、三センチではなく、互いに一センチずつ動くことだった。