三分遅れのセンター
文化祭のステージまで、あと三分だった。
宇留間季依は体育館の袖で、右足首を押さえていた。階段を駆け下りたときにひねったらしい。ダンス班の衣装のまま、顔色だけが白い。
「出られる」と季依は言った。
「立てないでしょ」と能代環が言う。
「センターが抜けたら形が崩れる」
「足が崩れるよりまし」
客席から手拍子が聞こえる。前のバンドが最後の曲を終えようとしていた。
二人で半年かけて振り付けた。季依が中央、環は右端。最後のサビだけ二人が向かい合い、同時に跳ぶ。その一秒のために、朝も昼も鏡の前に立った。
先生が「中止もできる」と言った。
季依は首を振った。
「環が真ん中」
「無理」
「全部覚えてるでしょ」
「自分の位置しか踊ってない」
「私の失敗まで覚えてるくせに」
幕の向こうで拍手が起きた。
環は靴紐を結び直した。
音響係が、再生ボタンへ指を置く。
「季依、最後の跳ぶところは?」
「跳ばなくていい」
「それじゃ別の振りになる」
「今日だけのにして」
ステージへ出る。
照明が眩しく、客席は暗い海に見えた。音楽が始まる。環は中央に立ったが、身体はいつもの右端へ戻ろうとする。左隣にいるはずの季依がいない。その空白が、どの振りより大きかった。
一番を踊り終えたところで、袖から季依の声がした。
「環、前!」
小さいのに、音楽の隙間を抜けて届いた。
環は半歩前へ出た。
そこから振りを変えた。季依なら腕を上げる場所で、袖へ手を伸ばす。回転の向きも逆にする。後ろのメンバーが一瞬遅れ、それでも追いついた。
最後のサビ。
本来なら二人で向かい合う場所で、環は客席に背を向け、袖の季依を見た。
季依が床に座ったまま両手を上げる。
環は跳ばなかった。
片膝をつき、同じ高さまで沈んで、季依と同時に腕を振り下ろした。
曲が止まる。
一拍遅れて、体育館が拍手で満ちた。
終演後、環は季依を背負って保健室へ向かった。
「センター、似合ってた」と季依が言う。
「三分だけね」
「来年もやれば」
「来年は卒業」
「じゃあ今日だけか」
「今日だけでいい」
背中で季依が笑う。汗とヘアスプレーの匂いがした。
映像には、振りの乱れも遅れも残った。それでも二人が一番繰り返し見たのは、完璧だった練習ではない。
跳ばずに終えた、あの一秒だった。