三分間の返事
宇佐美柚季は、内定先からの電話を三分だけ待ってもらった。
「最終確認です。本日中にお返事をいただけますか」
受話器の向こうの声は丁寧だった。業界最大手、誰もが知る社名、今より高い給与。二十九歳の転職として、説明しやすい正解が揃っている。
ただし配属は、面接で希望した商品企画ではなく営業管理だった。「まずは適性を見て」と言われたが、前職でも同じ言葉で七年、表計算と調整役を続けた。
柚季の机には、二枚の付箋があった。黄色には〈承諾します。よろしくお願いいたします〉。青には〈今回は辞退します〉。電話が来たら読めるよう、昨夜書いたものだ。
黄色を選べば、友人にも前の同僚にも祝ってもらえる。青を選べば、また求人サイトを開き、面接用の靴で足を痛める日々に戻る。年齢の表示だけが先へ進む。
三分の間に、答えが降りてくることはなかった。柚季は冷蔵庫を開け、水を飲み、窓から隣のビルを見た。何も変わらない景色の中で、ただ一つ気づいた。
黄色の付箋を読む想像をすると、安堵より先に「また同じ仕事だ」という疲れが来る。青の付箋を読む想像をすると、怖さの奥に小さな空白がある。その空白には、まだ別の仕事が入る余地があった。
面接では、『まず営業管理で結果を出せば道は開ける』とも言われた。道が開く時期は答えてもらえなかった。柚季は、これまで何度も曖昧な未来を信じ、現在の時間で支払ってきた。今回だけは、約束されていない異動を内定の一部として数えないことにした。
三分後、柚季は電話をかけ直した。
「ありがたいお話ですが、希望職種との違いが大きいため、辞退いたします」
人事は理由を確認し、あっさり了承した。引き留めも、奇跡の配属変更もなかった。
通話を切ると、部屋は驚くほど静かだった。勝った気もしない。賢い選択をした確信もない。明日からまた応募書類を書くのだと思うと、胃が重くなった。
柚季は黄色の付箋を捨て、青い付箋を手帳の今日の日付に貼った。逃した内定の印ではなく、自分が断った仕事の記録として。