三十歳のロケット
弟が亡くなって二十一年目、宅配便が届いた。
〈時間保管サービス。受取人が三十歳になったため発送〉
箱の宛名は弟だった。
九歳で時間が止まった人間が、三十歳になるはずはない。私は受取拒否をしようとしたが、配達員は困った顔で端末を見せた。
「第二受取人に、お姉さまのお名前があります」
中には、トイレットペーパーの芯と菓子箱で作ったロケットが入っていた。銀紙の翼は片方が剥がれ、窓にはクレヨンで二人の顔が描かれている。
子どものころ、私たちは押入れを宇宙船にした。
船長はいつも弟だった。私は操縦士。弟は病室へ移ってからも、「三十歳になったら月へ行く」と言い続けた。
時間保管サービスは、病院内学級の授業で申し込んだらしい。
私はその夢を盗んだ気がしていた。
大学で宇宙工学を学び、今は無人探査機の打ち上げ管制をしている。けれど家族にも同僚にも、弟のことはほとんど話さなかった。彼が行けなかった場所へ自分だけ近づくたび、後ろめたかったからだ。
箱の底に、二枚の紙があった。
〈三十歳のぼくへ。
月には行けましたか。姉ちゃんは、まだぼくを船長にしてくれますか。大人になったら交代する約束です。〉
もう一枚は、保管サービスの申込書だった。
〈本人が受け取れない場合〉
弟は子どもの字で、私の名を書いている。
〈理由〉
いちばん先に宇宙へ行きそうだから。
ほんとうは姉ちゃんの夢だから。
ぼくは船長をかりていただけだから。
私は床に座り、紙のロケットを胸に抱いた。壊れないようにではなく、壊れても構わないくらい強く。
翌月、私が担当した探査機が月へ向かった。
管制室へ私物を持ち込むことは禁止されている。だからロケットは自宅の机に置き、代わりにクレヨンの窓だけを写真に撮って、胸ポケットへ入れた。
打ち上げ十秒前、同僚が言った。
「今日のフライトディレクターは、あなたです」
私は首を振った。
「操縦士です。船長は、ずっと前に席を譲ってくれました」
炎が夜を昼に変え、探査機は上昇した。
三十歳の弟はどこにもいない。
それでも、二十一年遅れで届いた形見は、私から借りていた夢を、きちんと返してくれた。