三千万円の贋作
父の遺産で最も価値があると言われたのは、居間の油絵だった。
有名画家の初期作品。昔の鑑定書には三千万円とある。
長兄は売って住宅ローンを返したい。
姉は美術館へ寄贈したい。
末弟は、母が好きだった絵だから残したい。
三人の話し合いは、鑑定士の一言で終わった。
「これは贋作です」
絵具も額も古いが、筆致が違う。裏板を外すと、父の名前と日付が出てきた。
父が模写したものだった。
「本物はどこへ?」
長兄が声を荒らげた。
姉は父の書類を調べ、二十八年前の売却記録を見つけた。金額は二千八百万円。日付は、末弟が心臓の手術を受けた月だった。
「手術代は保険で出たって」
末弟の顔が青くなった。
「父さん、嘘ついてたのか」
「お前に絵と命を比べさせたくなかったんだろ」
長兄が言ったが、末弟は首を振った。
「今、比べてる」
自分の人生が、兄姉の相続分を先に使ったように感じた。
姉は贋作を見た。
本物の絵には、大きな林檎の木が一本描かれている。父の模写では、枝に小さな林檎が三つ増えていた。
「これ、私たちじゃない?」
父は本物を売ったあと、空いた壁を母に見せたくなくて、一年かけて写したのだという。画家ではない父の線は不器用で、空の色も少し違った。
「価値、ないんだよね」
「市場では」
鑑定士は答えた。
三人は売却を諦めた。
代わりに、長兄の家、姉の家、末弟の家へ、一年ずつ順番に掛けることにした。運送費は三人で出す。
「ローンはどうするの」
姉が聞くと、長兄はため息をついた。
「絵なしで返す。もともと俺の借金だ」
最初の一年は末弟の家へ運んだ。
壁に掛けると、彼の幼い娘が三つの林檎を指した。
「これ、だれ?」
「父さんと、伯父さんと、伯母さん」
「木は?」
末弟は少し考えた。
「じいじと、ばあばが残した家族」
三千万円の財産は、二十八年前にもう使われていた。
残った贋作には値段がつかなかった。
けれど三人は、その絵を見るたび、自分たちの誰か一人だけが親の財産を受け取ったのではないと確認できた。