三毛猫は知っている
旅行から戻った宮前灯子を待っていたのは、留守宅の無事を知らせる写真ではなく、「合鍵が見当たりません」という猫シッターからの連絡だった。
鍵を預けていたのはシッターの朽木梓。だが、灯子の部屋へ入れる事情があったのはほかにも二人いた。留守中に配管工事へ立ち会った隣人の日比野と、猫の好物を届けると言っていた元同居人の鷺沼玲だ。
空港から直行した灯子は、三〇二号室の前で立ち止まった。旅先では毎晩、梓から届くこむぎの写真だけを楽しみにしていた。窓辺、毛布の上、空の皿の前。どの写真にも天井は写っておらず、今思えば不自然なくらい低い角度だった。玄関脇には濡れたタオル。廊下には三毛猫の橙色の毛が二本。そして日比野の部屋の前に、灯子のものと同じ動物病院のキャリー用シールが落ちていた。
呼び鈴を押すと、中から聞き慣れた「にゃあ」がした。
日比野は、三毛猫のこむぎを抱いて現れた。その後ろに梓もいる。二人とも、謝罪の言葉を同時に口にした。
旅行二日目、上の階の給湯管から水が漏れた。灯子の部屋へはまだ落ちていなかったが、天井裏に水音がしていた。梓は移動中の灯子を不安にさせたくなくて、管理会社へ連絡したあと、合鍵でこむぎを連れ出した。日比野が一晩預かり、玲はキャリーを運んだ。
合鍵は、こむぎが怖がって暴れたため、梓がとっさにキャリーの外ポケットへ入れたままだった。
「勝手に移したこと、本当にごめんなさい」
「写真だけ送ったら、天井のしみでばれると思って」
三人は、灯子が帰るまでに天井を直し、何事もなかった顔で迎える相談までしていたらしい。玲が送ってきた「こむぎ、いつもより元気」という短い文も、心配させまいとして考え抜いた一行だった。
灯子は腹を立てるべきか迷った。けれど、知らない部屋が苦手なこむぎが日比野の腕で眠そうに目を細めているのを見て、肩から力が抜けた。
キャリーのポケットから合鍵を取り出すと、こむぎが前足でちょいと触れた。
灯子はお土産の猫用ささみを開けた。
「留守番、おつかれさま」
こむぎは一口で答えた。