三行では足りない夜

文乃は、送る前の文章を必ず三行まで削った。

元恋人が長いメッセージを嫌ったからだ。

「説明が多い人って、自分の気持ちを相手に処理させたいだけだよ」

付き合っていた頃、文乃は「今日は少しつらかった」と打っては消し、「お疲れ」とだけ送った。別れてからも癖は残った。友人への断りも、職場への相談も、事情を省きすぎて冷たい文になる。誤解されると、説明しなかった自分をまた責めた。

水曜の二十三時、来週末の旅行についてグループチャットが動いていた。宿の予約担当は文乃になっている。だが、その週は母の通院に付き添うことになり、残業も続いていた。検索画面を開くだけで目の奥が重くなった。

文乃は「ごめん、ちょっと無理かも」と打った。

曖昧すぎる。けれど理由を書けば言い訳に見える気がした。いつものように三行へ収めようとして、母のことも、期限も、自分が今夜はもう探せないことも削った。

送信欄には、頼りない一文だけが残った。

文乃は一度すべて消し、もう一度書いた。

母の受診が入り、今週は残業も多いこと。宿探しを金曜までに終える余裕がないこと。予約担当を代わってほしいこと。代われる人がいなければ、今回は参加を見送ること。

七行になった。

「重い」と笑う声が頭の奥でした。文乃は短くする代わりに、句読点だけを見直した。そして送信した。

送信直後、文乃は取り消し表示を長押ししかけた。七行を読んだ三人が、面倒そうに顔を見合わせる想像が浮かぶ。母のことまで書く必要はなかった、参加を見送るとまで言うのは脅しに見える、と頭の中で文章が裁かれた。文乃は親指を画面から離し、取り消せる時間が過ぎるのを待った。

すぐに既読が二つついた。一人から「了解、私が見る」、もう一人から宿の候補が一件届いた。それだけだった。

文乃は胸の中で用意していた謝罪を打たなかった。送った文章を開き直して、嫌われる箇所を探すこともしなかった。

スマホを伏せると、画面の光が机から消えた。

七行ぶん空いた夜に、文乃は歯を磨いた。旅行に行けるかどうかはまだ決まっていない。それでも、三行に削らなかった自分の事情は、消えずに相手へ届いていた。