乗車賃は片道八分
阿比留直純の残高は十六分五秒だった。年金は現金で足りているが、寿命口座は増えない。妻の一周忌に墓地へ行くには、路面電車で片道八分。往復すれば五秒しか残らない。それでも直純は黒い上着を着て家を出た。
車窓には、妻と歩いた商店街が流れた。時間通貨が導入されてから、人々は遠出をやめた。速い乗り物ほど高く、景色を見る余裕は贅沢になった。直純もこの一年、部屋と最寄りの店を往復するだけだった。
墓前で八分を払い、妻の好きだった白い菊を供えた。帰りの停留所で手首をかざすと、改定後運賃が表示された。
《八分九秒》
朝の混雑で運行AIが価格を上げたのだ。直純には四秒足りない。係員は規則どおり首を振った。時間の貸し借りは依存を生むため禁止されている。
直純は笑った。妻なら「歩けばいいでしょう」と言うに決まっていた。
家まで十一キロ。膝はすぐ痛み、雨も降った。途中の公園で子どもたちに道を聞かれ、古い商店で温かい茶をもらった。川沿いでは、妻が生前嫌っていた派手な高層住宅が完成していた。知らない街になったと思ったが、知らないからこそ歩いてみたくなった。
夕方、直純は玄関にたどり着いた。残高は八分五秒のまま。歩くことには料金がかからない。疲労も痛みも、人生から差し引かれるのではなく、人生の中に残る。
翌週、直純はまた墓へ向かった。今度は朝から歩いた。菊は買わず、道端の小さな花を一本だけ摘んだ。
彼は長く生きる術を見つけたのではない。残った八分を使わずに、残りの日々を使う方法を思い出したのだった。
直純は紙の地図を買い、歩いた道へ赤鉛筆で線を引いた。運賃表には載らない公園の水道、午後だけ開く古本屋、雨宿りできる軒先。妻へ報告することが増えるほど、墓までの十一キロは遠回りになった。八分五秒は減らないまま、彼の世界だけが少しずつ広がった。
道を歩く日は、帰宅時刻を決めなかった。予定より遅れるたび、直純は妻に叱られているようで、少し嬉しかった。