九九・八パーセントの橋

蓮田彗が建設コンサルタントへ入社して初めて任されたのは、河川橋の点検業務だった。現場へ出る仕事だと思っていたのに、渡されたのは見積表と電卓だけだった。

「今回は九九・八で」

営業部長は短く言った。予定価格に〇・九九八を掛けた額を入札書へ転記しろ、という意味らしい。彗が予定価格は公表前ではないかと尋ねると、部長は「経験値だ」と笑った。

九千六百万円に〇・九九八を掛け、九千五百八十万八千円。彗が数字を入力すると、部長は迷わず代表印を押した。

その夜、彗は積算根拠を確認するため共有ファイルを開いた。表の右端に不自然な空白がある。非表示列を戻すと、三社の略号が並んでいた。自社は九九・八、競合は九九・九と一〇〇・〇。さらに翌年度の欄では、自社が一〇〇・〇、別会社が九九・八になっている。列名は『順番』だった。

入札当日、結果は表のとおりになった。自社が九千五百八十万八千円で落札候補。競合二社は九千五百九十万四千円と九千六百万円。

社内の契約締結決裁で、部長は「読みが当たった」と胸を張った。彗は見積表を一枚だけ印刷し、代表取締役の前へ置いた。非表示だった列も見える状態で。

「経験で当てたのなら、来年の落札会社まで書ける理由を教えてください」

部長の頬から笑みが消えた。表には今年の『本命』と来年の『本命』が交互に並び、その下に各社の係数が記されている。

代表取締役は朱肉へ下ろしかけた印鑑を上げた。部長が紙を裏返そうとしたが、彗が押さえた。

代表取締役は、非表示列の作成者を確認させた。作成者欄には営業部長の名前ではなく、地区協会の事務局端末名が入っていた。予定価格九千六百万円が市で決裁されたのは、ファイル作成の二日後である。まだ社外の誰も知らないはずの数字を基準に、各社の率だけが先に割り振られていた。彗は電卓を押し、三つの金額が表の式どおり一円も違わないことを示した。

『九九・八』のセルを囲む枠だけが、会議室の白い灯りの下で青く残っていた。決裁印は押されなかった。