乾燥機の丸窓

母の遺品を洗うつもりはなかった。

匂いまで消えそうだったからだ。

けれど押し入れにしまったカーディガンへ黴が付き、娘は深夜のコインランドリーへ持っていった。

乾燥機が回り始めると、丸窓の中に母の顔が映った。

洗濯物と一緒に回るのではなく、窓の向こうの部屋で椅子に座っている。

「目が回る」

「回ってないでしょう」

「見てる方がね」

母は、最後の一枚が乾くまで丸窓の向こうにいられた。

娘は乾燥時間を九十分に設定した。

母は、

「電気代がもったいない」

と生前と同じ小言を言う。

「何で入院するって言わなかったの」

娘は最初から尋ねた。

母は病気を隠し、倒れる前日まで仕事をしていた。

娘は遠方に住み、最期へ間に合わなかった。

「言えば帰ってきたでしょう」

「当たり前」

「あなた、やっと新しい仕事を始めたところだった」

「勝手に決めないで」

「決めたかったのよ。母親だから」

娘は立ち上がり、停止ボタンへ手を伸ばした。

母の顔が悲しそうに見えたので、止めなかった。

「心配させたくなかった、って言えば美談になると思ってる?」

「思ってない。怖かったの」

母は丸窓へ額を寄せた。

「病人になった私を、あなたに見られるのが」

母は娘の前で強い人でいたかった。

娘が離婚したときも、失業したときも、

「帰ってきていい」

と言える家でありたかった。

自分が助けられる側になるのを受け入れられなかった。

「強い母親しか、私は好きじゃないと思った?」

「そう思いたかったのかもね」

残り時間が十分になる。

娘は、もう一度会いたい気持ちと、また隠された怒りを一緒に持て余した。

「許さない」

「うん」

「でも、嫌いにもならない」

「それで十分」

乾燥機が止まり、母の顔が消えた。

カーディガンを取り出すと、匂いは柔軟剤に変わっていた。

娘は泣いた。失ったと思った。

けれど袖を通すと、母がいつも肘を少し曲げて歩いた癖を、自分の腕が真似した。

カーディガンは家へ持ち帰り、普段着にした。

汚れればまた洗う。

母の匂いは戻らない。

代わりに、自分の生活の匂いが少しずつ染みた。

母を見送るとは、きれいな思い出へ乾かすことではなかった。

怒りも好きだったことも、今日着る服の重さとして一緒に持ち歩くことだった。