予備のヘルメットは白
河川敷の測量現場で、羽鳥依鶴だけが白い予備ヘルメットを渡された。
正規の黄色は後頭部まで深く、依鶴には目が隠れる。現場主任は「女性用だから」と白を差し出した。依鶴はその言葉が嫌で、黄色のあご紐をきつく締めた。
黒木弥栄は、合わない装備で働くほうがもっと嫌だった。安全基準の表を印刷し、現場へ持ってくるような人だ。
「色で仕事は変わらない」
「サイズで危険は変わる」
「特別扱いされたくない」
「合う道具を使うのは特別じゃない」
二人は朝から平行線だった。
午後、堤防脇の斜面へ反射板を立てることになった。依鶴の安全帯は最短にしても腰で回る。主任は今日だけ使えと言った。雨雲が近く、やり直せば工程が一日延びる。
依鶴は黙って斜面へ片足をかけた。弥栄が三脚を地面へ置く。
「私は上がらない」
「私の担当」
「二人作業の規定」
「下で支えて」
依鶴が一段上がると、帯が肋骨までずれた。白い予備ヘルメットが足元に転がっている。それは頭には合うが、誰か一人だけが使えば、次の人の装備は変わらない。
依鶴は斜面から下りた。弥栄と同じように三脚を畳み、二人で黄色いヘルメットを測量杭の上へ置いた。作業中止の合図だった。
主任は「協調性がない」と言った。依鶴は初めて白いヘルメットをかぶり、弥栄は装備不足の写真を撮った。依鶴は写真の端へ、自分で巻き尺を当てた安全帯を入れた。
現場写真を送信すると、依鶴は白いヘルメットの管理番号も記録した。一つしかない「女性用」が配慮として数えられるのを防ぐためだ。弥栄は発注書へ人数ではなく頭囲と帯の長さを書き、依鶴が測定値を読み上げた。
事務所へ戻る道で、弥栄が三脚の細いほうを持った。依鶴は重い本体を持ち直す。
「半分持つよ」
「これは特別扱い?」
「二人作業」
依鶴は笑わなかったが、手を離さなかった。
翌週、黄色い小型ヘルメットと短い安全帯が二組届いた。白い予備は棚に残った。二人はそれを捨てず、必要数の欄に「まだ足りない」と同じ字で書き足した。