予備ボタンの告白
弓削明莉は、野々宮諒真の第二ボタンをもらう練習を、前夜に七回した。
鏡に向かって「記念にほしい」と言い、軽すぎる気がして「ずっと好きでした」に変え、重すぎて布団へ倒れた。結局、本番で出たのは、
「そこ、取れそう」
だった。
昇降口の靴箱にもたれていた諒真は、自分の胸元を見下ろした。第二ボタンは糸一本でぶら下がっている。外からは校門前の写真を促す声が聞こえ、開いた扉から桜の花びらが一枚、上履きの間へ滑り込んだ。
「朝から狙われすぎた」
そう言って、指でつまむ。明莉の喉が鳴った。
「じゃあ、もう予約済み?」
「三人に聞かれた」
「そっか」
笑う予定だったのに、口元がうまく動かなかった。明莉が上履き袋を握り直すと、諒真はボタンを引きちぎり、掌に載せた。
「でも断った」
差し出された黒い丸を見て、明莉は昨日の七種類の台詞を全部忘れた。
「私、八人目?」
「一人目」
諒真は鞄から透明な小袋を出した。購買で制服を買ったときについてきた予備ボタンが二個、入っている。
「この制服の第二ボタン、今朝つけ替えたんだ。元のはこっち」
彼がもう一方の手を開くと、少し傷のついたボタンがあった。
「三年間ついてた方を、渡したい人がいたから」
明莉は、授業中に諒真がそこへ鉛筆を当てる癖を思い出した。考え込むと、第二ボタンの縁を小さく鳴らす。英語の小テストの日も、進路希望を提出した日も。その音を、斜め後ろの席で何度聞いただろう。
明莉は新品ではなく、傷のある方を選んだ。受け取る指が震え、落としかける。
「ところで」
諒真が言った。
「何が取れそうだった?」
明莉はボタンを握りしめ、ようやく練習していない答えを出した。
「私の平常心」
昇降口に諒真の笑い声が響いた。それは卒業式のどの拍手より、明莉の胸に長く残った。
明莉は傷の筋を親指でなぞった。新品の予備は太陽をきれいに反射したが、選んだ方は曇っていて、触れるとわずかに温かかった。
「私も渡すもの、用意すればよかった」
そう言うと、諒真は明莉の卒業証書の筒を軽く叩いた。
「じゃあ、その中の紙に、次に会える日を書いて」
二人は筒の蓋を開け、厳かな証書の裏へ小さく日付を書いた。先生に見つかったら叱られそうで、卒業したばかりなのに、二人とも声を殺して笑った。