二人分の入学願書

 母の鞄から、夜間高校の入学願書が出てきた。

「今さら高校へ行くの?」

 言った瞬間、母の顔が固くなった。

「あなたも、そんな遠い大学へ行く必要あるの?」

 私の机には、雪氷学を学べる北の大学の資料があった。南の町で育った私には、雪も氷河もほとんど画面の中にしかない。

「私の話と一緒にしないで」

「同じよ。家族に相談せず決めた」

 母は十六歳で学校を辞めた。病気の祖母を手伝うためだった。その後働き、私を育て、学び直す話など一度もしなかった。

「私が家を出るから、急に自分のことを始めるの?」

「あなたが出るから始めるんじゃない。あなたが自分の進路を調べる姿を見て、私もまだ選べると思ったの」

 母の言葉が、胸の痛いところへ当たった。

 私は母が家にいることを、いつの間にか当然だと思っていた。

「でも仕事は?」

「昼は続ける」

「体、もたないよ」

「心配と反対を混ぜないで」

 それは、私が母へ何度も言いたかった言葉だった。

 二枚の願書には、それぞれ署名欄があった。

 私の出願には保護者の確認。

 母の願書には緊急連絡先。

「先に書いて」

 同時に差し出し、同時に引っ込めた。

「まだ賛成してない」

「私も」

 夕食を挟み、互いの学校について質問した。

 母は、氷河を学んで何になるのかではなく、何を研究したいのかを聞いた。私は、卒業資格が欲しいのか、授業そのものを受けたいのかを聞いた。

「昔、国語が好きだった。途中で読めなくなった小説の続きを知りたい」

 母が言った。

「私は、何百年前の空気が氷の中に残る理由を知りたい」

 二人とも、役に立つ説明より先に、知りたいものがあった。

 母が私の願書へ署名した。

 私も母の緊急連絡先になった。

 試験日は同じ月だった。母は仕事帰りに受け、私は夜明けの列車で北へ向かった。

 駅で二枚の受験票を並べて写真を撮った。

「どっちか落ちたら?」

「先に受かったほうが、勉強を教える」

 家族とは、誰か一人が家に残ることではない。

 それぞれの教室へ出かけても、帰って結果を話せる相手がいることだった。