五時間目の引っ越し
枝折の転校は、五時間目の途中で決まった。
正確には、決まっていたことを本人が忘れていた。
母親から担任へ電話が入り、明日の朝には出発するから、今日中に荷物を持ち帰れと言われた。算数の授業が止まり、全員が枝折の机を見た。
「今?」
枝折が訊くと、担任は黒板の時計を見た。
「今しかないな」
教室の後ろに、段ボール箱が一つ置かれた。
枝折は教科書を入れた。習字道具、裁縫箱、使いかけの絵の具。ロッカーから出すたび、クラスの誰かが「あ、それ貸したまま」「それ枝折のじゃない」と声を上げる。
箱はすぐいっぱいになった。
「地球儀も持っていく?」
「学校の」
「じゃあ雑巾」
「それも学校の」
「金魚」
「無理」
授業は完全に引っ越し作業になった。
机の中の奥から、去年なくしたと思っていた消しゴムが三個出た。誰のかわからない定規、給食の献立表、折れた鉛筆、石。石については全員が覚えていた。
遠足で枝折が「隕石だ」と言い張ったやつだ。
「持ってけよ」と誰かが言う。
「重い」
「三十グラム」
「引っ越しでは一グラムでも減らせって」
「隕石を捨てるな」
結局、石は箱の一番上に置かれた。
チャイムが鳴る。五時間目の内容は教科書二ページ分、ほとんど進まなかった。
担任が「送別会をする時間がなくて悪い」と言った。
枝折は箱を抱えた。底が抜けそうで、前が見えない。
「これが送別会でいいです」
すると、教室の全員が一つずつ、箱を支える手を出した。
昇降口まで、三十二人で段ボールを運んだ。右へ傾けば右側が持ち、階段では前の者がしゃがむ。石が転がるたび、誰かが押し戻した。
校門に母親の車が来ていた。
箱を荷台へ積むと、急に手がなくなった。
枝折は何か言おうとしたが、担任が授業の続きを告げ、皆は走って校舎へ戻った。振り返る者も、窓から手を振る者もいない。
車が動き出す。
そのとき、二階の教室から一斉に声がした。
「隕石、なくすなよ!」
枝折は窓を開け、箱の中の石を掲げた。
五時間目に習うはずだったことは、もう思い出せない。
けれど、重い箱は一人で持つより、三十二人で持つほうが揺れることだけは、ずっと覚えている。