井戸の底の公有印
三か月雨が降らない町で、バロシュ・ディラン伯爵は共同井戸に鉄鎖を巻いた。
「今日から一桶、銅貨五枚だ。払えぬ者は川の泥水でも飲め」
井戸番のエステルダ・ルーンは、空の水瓶を抱えた子どもたちの前に立った。伯爵の従者は彼女を押しのけ、料金箱を据える。
「この井戸は百年前、王家が町へ与えたものです」
「昨日まではな。周囲の果樹園を買った。地面の下も、湧く水も、すべて私の所有だ」
バロシュは権利証を掲げた。確かに果樹園の売買契約には彼の名がある。だが井戸まで含むとは書かれていない。
エステルダは水利変更届を差し出した。
「でしたら、公有井戸を私有化した根拠を、ここへ明記してください」
「文字がなければ理解できぬのか」
伯爵は〈果樹園購入に伴い、井戸および地下水脈を領主私有とする。使用料は全額伯爵家収入〉と書き、印章を押した。ついでに、料金を拒んだ家の水瓶を没収する命令まで署名する。
「これで文句はないな」
「はい。私からはありません」
エステルダは届を井戸の縁へ置いた。朝日が紙を透かし、底から金色の王冠が浮かび上がる。
井戸の基礎石には、公有水路を示す王家の水印が刻まれていた。その上で作成された水利文書は、石に触れた瞬間、王立水務院へ複写される。届を用意したのはエステルダではない。昨夜、町の渇水報告を受けた水務院が送ってきた監査用紙だった。
路地の両端から青衣の水務官が現れる。先頭の測量官が水脈図を広げると、伯爵の果樹園は井戸の外周で止まり、地下水脈は王領として太い金線で囲まれていた。
「古い地図だ!」
「昨日の購入時にも同じ図面へ署名されています」
測量官は売買契約の控えを示した。末尾には〈公有井戸および地下水を除外〉と明記され、そのすぐ下にバロシュの署名がある。彼は承知の上で鎖を掛けたのだ。
エステルダが料金箱を開けると、すでに徴収された硬貨が鳴った。水務官は一枚ずつ証拠袋へ移し、最後に黒い命令書を読み上げた。
「バロシュ・ディラン。公有水源の不法占拠および渇水下の強要罪により、王立水務院は貴殿を拘束する」