井戸底の青い水

戦闘に使えない水魔法は価値がない。

そう判定されたクォルは、王都の魔導隊を追い出され、金貨三枚で辺境の廃農地を買った。安さの理由は、畑の真ん中にある井戸が十年前から枯れていることだった。

初日、彼は草刈りも屋根直しもせず、縄を腰へ巻いた。

井戸へ降りる。

底には泥と落ち葉が積もり、壊れた桶の鉄輪が石の隙間へ噛み込んでいた。クォルは泥を掻き出し、鉄輪を外す。指先を石壁へ当てると、向こう側を細い水脈が走っているのが分かった。

隊では、敵の血管を凍らせろと命じられた感覚だった。

今日は石を傷めぬよう、そっと水の通り道だけを撫でる。

こつ、と小さな音がした。

石の継ぎ目から青い一滴がにじみ、二滴、三滴と増えた。やがて泥の底に澄んだ輪が広がる。クォルが地上へ上がる頃には、桶を沈められるほど水位が戻っていた。

最初の桶を引き上げると、縄の繊維から水滴がきらきら落ちた。クォルは濁りが沈むまで待ち、銀貨を底へ沈めて色を確かめる。輪郭が歪まず見えるほど澄んでいた。両手ですくって顔を洗うと、泥と汗が首筋を流れ、長い行軍のあとより深く息ができた。次に桶を満たしたときは、誰かへ提出する検査用ではなく、今夜自分が飲む分だと思って笑った。井戸の縁へ刻まれていた古い水位線にも、新しい滴が届き始めていた。

そこへ土地を売った商人が馬車で現れた。

「井戸が生きたと聞いた。金貨五枚で買い戻してやろう」

「売った日の倍近いですね」

「この辺りでは水が出る土地は貴重だ。お前一人には広すぎる」

クォルは新しい水を桶に汲み、商人へ差し出した。

一口飲んだ商人の顔から、作り笑いが消えた。冷たく、甘い水だった。

「十枚だ」

クォルは返事の代わりに、井戸の蓋を閉めた。

小屋では、乾燥香草を入れた湯が沸き始めている。火にかけた薄焼きパンが、ぷくりと膨らんだ。

「これは商品ではありません」

彼は自分の椀へ青い水の茶を注ぐ。

「今日から、私の暮らしです」

商人がまだ値段を上げる声を背に、クォルは最初の温かい一口を飲んだ。