保健室はただいま引っ越し中
文化祭二日目、来校者の女性が廊下でしゃがみ込んだ。
最初に気づいた一年生が声をかける。
「具合、悪いですか。保健室は三階です!」
通りかかった二年生が訂正した。
「三階は配管工事中。今週だけ旧視聴覚室だよ」
美術部員が首を振る。
「旧視聴覚室は展示で使ってます。保健室は会議室では?」
放送部員が館内図を確認する。
「会議室は落語研究会です」
女性は青い顔のまま、少し笑った。
「どこでもいいので、座れる場所を……」
その一言で、生徒たちは役割を決めた。
茶道部が丸椅子を持ってくる。
調理部が水を用意する。
陸上部が職員室へ走る。
美術部は段ボールへ大きく〈臨時保健室→〉と描く。
落語研究会は「会議室は譲れます」と高座を片づけ始める。
結局、保健室は一階の進路相談室へ移っていた。
七人が女性を囲み、歩幅を合わせて向かった。大げさな行列になり、本人は途中で何度も「もう大丈夫」と言ったが、誰も解散しなかった。
養護教諭によれば、軽い低血糖だった。飴と休憩で顔色は戻った。
女性は、吹奏楽部で初めて独奏する孫を見に来ていた。開演まであと十分。
「無理しないで、ここで休んでください」
一年生が言うと、女性は困ったように笑った。
「ここまで来たのに、聴かずに帰ったら、あの子が一生気にするわ」
そこで今度は、車椅子を借り、七人で体育館まで案内した。茶道部が膝掛けを持ち、放送部が最短経路を確保し、落語研究会は道を空けるために「お通りください」と声を張った。
開演直前、女性が客席へ着くと、舞台上の孫がこちらに気づいた。
最初の一音は少し震えた。
しかし祖母が両手を振ると、次の音はまっすぐ伸びた。
終演後、女性は手伝った生徒たちへ、小袋の飴を一つずつ渡した。
「皆さんも、具合が悪くなる前に食べてね」
翌朝、生徒会は文化祭の反省会を開いた。
改善点一。
保健室の移転場所を、入口から分かるようにする。
改善点二。
具合の悪い人へ、立ったまま道だけ説明しない。
改善点三。
分からないときは、一緒に探す。
校内の案内表示も正式に直された。
〈臨時保健室はこちら〉
その下には、誰かが小さく書き足していた。
〈場所が分からないときは、近くの人が一緒に探します〉