修理内容_傷は残す
修理内容:傷は残す
【受付品】
アルミ製小判型弁当箱。一個。
ふた右側に大きなへこみ。留め金破損。表面に細い傷、計十三本。
【最初の依頼】
新品同様にしてください。
依頼人の波江は、隣に立つ十二歳の毬乃を「この春から一緒に暮らす娘です」と紹介した。
弁当箱は、毬乃が施設や里親家庭を移るたび持ってきたものだという。波江は明るい声で言った。
「新しい学校ですし、古いものはきれいにして、気持ちも新しく」
私は研磨剤を取り出した。
毬乃が弁当箱を胸へ抱いた。
「傷を消すなら、直さなくていい」
十三本の傷は、どれも定規で引いたようにまっすぐだった。
「引っ越した回数?」
私が尋ねると、毬乃は首を振った。
「お弁当を作ってくれた人の数。一人につき一本」
施設の調理員、短期間預かった夫婦、児童相談所の職員、遠足の日だけ早起きしてくれた先生。名前を忘れないよう、食べ終えた日に自分で傷をつけたのだという。
波江の笑顔が消えた。
「私は、消したほうがいいと思ってた」
「消したら、いなかったことになる」
その日は修理せず、二人は帰った。
【依頼変更】
翌日、波江のみ再来店。
傷はすべて残すこと。
へこみも食事に支障がなければ残すこと。
留め金のみ交換。
内側に仕切りを一枚追加。
「どうして仕切りを?」
「毬乃は、味が混ざるのが苦手なんです。昨日初めて知りました」
波江は小さく息を吐いた。
「家族になるなら、過去を消して私のものにするんじゃなくて、知らなかったことを一つずつ聞くところからですよね」
【追加依頼】
弁当箱の裏に、十四本目の傷を入れてほしい。
ただし日付のみ。名字は不要。
【納品日】
留め金の音を確かめた毬乃は、裏の新しい傷を見つけた。
「これ、波江さんのぶん?」
「そう。嫌だった?」
「傷は、自分でつけるものなのに」
波江がうろたえると、毬乃は初めて笑った。
「でも今回はいい。次から私がつける」
「次?」
「誕生日とか、運動会とか。引っ越さなくても、作ってもらった日の傷でしょ」
波江は泣きそうな顔でうなずいた。
翌週、二人は弁当箱を見せに来た。新しい留め金には傷一つなく、古い十三本だけが光の中に残っていた。
中には仕切りを挟んで、卵焼きと煮物がきちんと別れていた。
「味、混ざらなかった?」
「うん」
毬乃は空になった箱を振った。留め金が、家の鍵のような音を立てた。
【修理完了】
新品同様にはせず。
これまでを失わず、これから使える状態とした。