傷もの果実の神さま

閉店間際のスーパーで、青果担当は傷んだ果物を廃棄箱へ移していた。

規則では、見切り品にも出せない物は捨てる。

以前は家へ持ち帰ったが、今は一人暮らしで食べきれない。

箱の中から、麦わら帽子をかぶった小さな神様が顔を出した。

頬は林檎のように赤く、着物には土が付いている。

「傷のある実を一切れ供えれば、食べた人の忘れた味が一つ戻る」

神様はそう言い、傷のない果物には見向きもしなかった。

担当者は打ち身の桃を切り、神様と半分ずつ食べた。

口に入れた瞬間、亡き父が作った固い桃の缶詰を思い出した。

父は果樹園を営み、見た目の悪い実を家族用に煮た。

担当者は町を出てスーパーへ勤め、果樹園を継がなかった。

翌日から、廃棄前の果物を少量だけ試食にした。

正式な販売はできないので、従業員の休憩室で、傷んだ部分を丁寧に除いて出した。

若い店員は、梨を食べて祖母の弁当を思い出した。

清掃員は、酸っぱい蜜柑で昔の入院食を思い出し、顔をしかめた。

戻る味は幸福なものだけではない。

ある夜、別居中の娘が店へ来た。

連絡もなく、買い物籠へ高価な果物ばかり入れている。

担当者は、誕生日に何も送らなかったことを思い出した。

「何か食べる?」

傷のある林檎を見せると、娘は、

「廃棄する物を出さないで」

と冷たく言った。

担当者は腹を立て、

「見た目だけで決めるな」

と返した。

二人はそれきり黙った。

神様が廃棄箱から、

「供える相手を決めるのは、おぬしではない」

と言った。

担当者は林檎を自分で一切れ食べた。

戻ったのは、娘が幼い頃、初めて剥いた林檎の味だった。

皮が厚く、種まで残り、娘は得意そうに父へ差し出した。

担当者は「もったいない剥き方だ」と先に言った。

今も同じだった。

娘が差し出した気持ちより、形を直すことを優先してきた。

「誕生日、忘れてた。ごめん」

担当者が言うと、娘はすぐ許さなかった。

「林檎は要らない」

「分かった」

「でも、来週ご飯なら」

「分かった」

神様は最後の桃を食べ、空の箱で眠った。

翌朝にはいなかった。

スーパーでは廃棄規則を変えられない。

担当者は地域の食品加工所と相談し、傷もの果実を加熱加工へ回す仕組みを始めた。

全部は救えない。

それでも、形が崩れた実から別の味を作れる日が増えた。

娘との食事も、昔の親子へ戻るものではない。

傷のない関係ではなく、切り分けながら今の味を確かめる時間になった。