傷一つにつき

不破景伍は毎朝、配送センターで作業用身体を受け取る。強化された腰、厚い掌、落としても壊れにくい骨。退勤時に傷を撮影し、新しく増えた分だけ利用料へ加算される。借り物を丁寧に扱うための単純な規則だった。

弟の惺も、同じ倉庫で夜勤をしていた。

午前三時、景伍の端末に緊急通知が届く。

《貸出身体D-771に重大損傷》

《利用者:不破惺》

《修理前預託金:八十四万円》

棚が崩れ、惺の身体が下敷きになった。意識は貸出身体に接続されたまま。救急搬送には、まず会社へ損傷預託金を払う必要がある。治療で傷の状態が変わると、責任範囲を確定できなくなるからだ。

景伍は現場へ走った。

惺は鉄棚の下で、借り物の胸を浅く上下させていた。腹部から透明な循環液が漏れている。

「本体へ戻せ!」

監督者は首を振る。

「損傷判定前の切断は、逃亡返却になります」

景伍は八十四万円を決済しようとした。残高は二十六万円。

分割を選ぶ。

《利用者本人の信用審査が必要です》

惺は痛みで話せない。認証質問に答えられず、審査は失敗した。

「俺が保証人になる」

《兄弟関係は損傷保証に利用できません》

画面では傷が一つずつ数えられていく。

右肋骨、七万円。

左肺、二十二万円。

視覚素子、九万円。

惺がかすれた声で言った。

「兄ちゃん、これ……俺の身体じゃないのに、痛い」

景伍は鉄棚を持ち上げようとした。作業用身体の筋肉が軋む。監督者が止める。

「あなたの身体にも傷がつけば、追加請求です」

それでも力を入れた。掌の人工皮膚が裂ける。

景伍の端末が鳴った。

《新規損傷:二万四千円》

二人分の請求額が並ぶ。

やがて惺の身体から反応が消えた。会社はようやく接続を切り、本体へ意識を戻した。

保管槽の惺は脳への逆流で重体だった。

貸出身体の損傷額は、死亡しても消えない。利用者の家族口座へ相続される。

朝礼前、景伍へ最終請求が届いた。

《修理不能のため全損》

《身体価格:三千二百万円》

備考欄には《利用者の生命損失は補償対象外》とあった。

倉庫では代わりの身体が棚から降ろされ、惺の夜勤枠へ貸し出された。

新品なので、傷はゼロだった。