先生の席は空いたまま
諸星悠仁、戸叶芽衣、石渡啓介は、同窓会のあとで美術室へ戻った。卒業から十二年。校舎は耐震工事前で、壁の絵も石膏像も白い布をかぶっていた。
顧問だった大迫先生は宴会に来なかった。昨年から介護施設に入り、人の顔をほとんど思い出せないらしい。教卓の脇には、背もたれの低い先生専用の椅子だけが残っていた。
「これ、捨てるんだって」と芽衣が座面を撫でた。
悠仁は窓際の流しで、固まった筆を水に浸した。「先生、俺の絵を一度も褒めなかったな」
「卒業制作、勝手に燃やしたからでしょ」と啓介。
三人は笑ったが、笑い声は布の下へ吸われた。
悠仁は東京のゲーム会社で背景を描いている。来月、退職して寺院壁画の修復工房へ入るという。給料は半分になり、名前も画面に出ない。
芽衣は祖父の金属加工所を継ぐため、個展活動を休止する。「作品を諦めるんじゃない」と言ったあと、自分で訂正した。「たぶん、しばらくは諦める」
二人が啓介を見る。高校時代、最も絵がうまかったのは彼だった。
「俺は描かないよ。四月から市役所の文化担当。廃校をアトリエにする事業を任された」
「人に描かせる側?」
「そう。先生みたいに、褒めない側」
啓介は冗談めかしたが、悠仁は笑わなかった。三人で美大へ行き、共同アトリエを持つ。それが十七歳の計画だった。叶えた者はいない。けれど、完全に離れた者もいなかった。
芽衣が黒板へ白いチョークで三本の線を引いた。一本は細く上へ、一本は途中で角を曲がり、一本は下へ潜ってまた現れた。
「先生なら、構図が甘いって言う」
「消せって言うな」と悠仁。
「いや。自分で消すまで待つ人だった」
廊下の照明が落ち、退館時刻を告げる放送が流れた。三人は布を元に戻した。啓介が先生の椅子を持ち上げたが、運び出さず、三本の線が見える位置へ置き直した。
翌週、美術室の備品はすべて処分された。ただ一脚だけ、廃棄一覧の写真に写っていない椅子があった。
それがどこへ行ったのか、三人は互いに尋ねなかった。