先生の平均値
楡井律佳の給料は、受け持つ生徒の平均信用点で決まった。
遅刻、忘れ物、家庭の未納、保護者の違反まで、すべて担任の指導力に換算される。平均八百点を切れば教員住宅を退去しなければならない。律佳は足の悪い母と暮らしていたため、数字を落とすわけにはいかなかった。
三学期、一人の生徒が急に遅刻を重ね始めた。居眠りし、給食を二人分包んで持ち帰った。生活指導AIは「怠慢傾向」と判定し、矯正学級への転籍を提案した。転籍させれば、その生徒の低い点はクラス平均から除外される。
律佳は面談で理由を尋ねた。
「別に」
少年はそれしか言わなかった。端末には、説明拒否としてさらに減点がついた。
律佳は転籍承認欄へ指を置いた。母の薬、段差のない住宅、来月の更新。守るべきものが頭に並んだ。
その日の放課後、少年の机から作文が落ちた。題は「将来の仕事」。そこには、夜中に認知症の祖母が外へ出ないよう見張っていること、朝に眠くなること、給食のパンを祖母が喜ぶことが書かれていた。最後の一行は、こうだった。
――先生になって、理由を言えない子を先に怒らない人になる。
律佳は翌朝、転籍を拒否した。さらに家庭事情を伏せたままでは支援を受けられない制度を、市の監査会で批判した。守秘義務違反、組織評価への反抗、低信用家庭の擁護。点は一日で半分になった。
教員住宅を追われ、母と二人で古い団地へ移った。エレベーターはたびたび止まり、律佳は母を背負って階段を上った。学校も辞めざるを得なかった。
だが団地の集会室には、昼間働く親を待つ子や、介護で宿題ができない子が集まってきた。律佳は夕方だけの教室を始めた。点数表も出席罰も置かなかった。
数年後、あの少年が介護福祉士の制服で訪ねてきた。
「先生には、なれませんでした」
「私もよ」
二人は笑った。すると集会室の子どもが言った。
「でも、ここでは先生じゃん」
律佳の端末は今も低い数字を示していた。けれど彼女の平均値には、もう誰かを外して上がる仕組みがなかった。