八人目の面通し
綿引紗季刑事は、目撃者の老女に八枚の写真を並べた。
十五年前の通り魔事件で、苫米地昂を指した女性である。再審請求を受けた補充聴取だった。隣室のマジックミラーの向こうには、当時の捜査主任で、今は署長となった丹治郁夫がいる。
「犯人がいると思えば、番号で答えてください」
老女は写真を一枚ずつ見た。やがて両手を膝へ戻す。
「分かりません」
綿引は録音機の赤い灯を確かめた。
「十五年前は、三番の苫米地さんを選びました」
「ええ。八回目にはね」
「八回目?」
老女は不思議そうに綿引を見た。
「あの人の顔を見せられたのが八回目でした。最初は正面、次は帽子、次は白黒。警察の方が、同じ人だと分からないように少しずつ切って持ってきた。七回も『よく見て』と言われたから、最後には覚えてしまったの」
綿引は資料箱から当時の写真束を出した。正式な面通し以前の日付で、苫米地の逮捕写真を切り抜いた紙が七枚ある。丹治の筆跡で《再確認》と記されていた。束の底には《対象を記憶するまで反復》という手書きの指示も残る。老女が最初の三回に書いた回答はすべて《分からない》。その欄だけ黒い線で消され、正式記録には添付されていなかった。老女は《三番なら帰っていい》と言われたことまで思い出した。帰宅を望んで指した番号が、確信の証言へ書き換えられたのだ。
マジックミラーの向こうから内線が鳴った。
『高齢者の記憶変容だ。聴取を打ち切れ』
老女にも声が漏れたらしい。肩が小さく震えた。
「私、あの方を牢屋へ入れたんでしょうか」
綿引は答えられなかった。自分も新人として正式面通しの記録係を務め、《誘導なし》の欄へ署名していた。
丹治が隣室の扉を開ける音がした。
「本日の記憶は信用性なしで処理する。県警の看板事件を、老人の言葉でひっくり返すな」
綿引は新しい供述用紙を老女の前へ置いた。
「八回分、覚えている順に話してください」
録音を止めるよう命じる声を背に、綿引は《面通し前の反復呈示あり》と見出しを書き、赤い録音灯をもう一度確かめた。