共同編集を終了します

共有フォルダを開くと、表示されたのは《権限がありません》だった。

創作仲間四人の中で、締切を守り、全員の原稿を整えてきた私だけが外されている。

妙なのは、鈴世が先週から原稿の文字数を教えなくなったことだ。私は提出前でも一字単位で把握していた。毎晩、共有画面を開いて進み具合を確認し、止まっていれば無断で続きを書いた。朝には感謝のスタンプが来ることもあった。

もう一つ、皆が紙の原稿を持ち歩き始めた。検索も修正履歴も残らない、不便な方法だ。私が赤ペンを向けると、鈴世は紙を胸へ抱えた。子どもじみた反抗だった。

受賞作が発表された翌日だから、嫉妬だと思った。

私の短編には、鈴世が捨てた設定と、詩乃が書けずにいた結末を使った。けれど彼女たちは相談してきたのだし、私が形にしなければ作品にならなかった。

喫茶店で三人を問い詰めると、鈴世はノートパソコンをこちらへ向けた。

画面には、私が知らないはずの原稿があった。先月、三人が共有フォルダに置いた囮だという。病室の窓を水槽にたとえる一文。受賞作で、私が最も褒められた比喩だった。

「偶然よ」

「誤字まで同じだった」

続いて修正履歴が映る。私が深夜に入り、作者名を消し、自分のフォルダへ複製した時刻まで残っていた。

私は皆の文章を盗んでいない。使える部分を救い、読める形にして返してきた。題名を変え、主人公の年齢をずらし、語尾を整えれば、それは共同作業ではなく私の作品になる。私の赤字がなければ、鈴世は今も一作も完成できない。

詩乃が、私から戻された原稿を開いた。本文より赤字のほうが多く、最後には作者名まで私の名へ直されていた。冗談で入れた修正だったのに、誰も笑わなかった。

「だから、もう完成しなくていい。あなたに取られるよりは」

三人は、賞の主催者にも履歴を送ったと言った。

帰宅すると、共同編集の全フォルダが消えていた。

私は古い自動バックアップを開いた。

《鈴世_使える比喩》というフォルダだけは、まだ私のものだった。