内定ボーナス五年
芦名央丞は毎朝、社員ゲートで残り寿命を確認する。
《五年と二十一日》
そのうち五年は、入社時にもらった定着ボーナスだった。無職時代に食費を寿命で払い、元々の残りは一か月もなかった。会社の五年があるから、央丞は今日も生きて出勤できる。
規則は一つ。雇用契約として付与された寿命は、退職・解雇と同時に会社へ返す。
弟の継柊から連絡が来たのは、昼休みだった。
『父さんが倒れた。手術の同意、家族二人必要だって』
央丞は上司へ早退を頼んだ。
「今日の納品が終わってからにしろ」
「父が死ぬかもしれません」
「君が抜けたら、取引が飛ぶ」
病院まで四十分。手術の判断期限は一時間後だった。
央丞は社員端末を机へ置き、走った。
駅へ着く前に通知が鳴る。
《無断離席を確認》
《重大な職務放棄として雇用契約を終了します》
残量表示が切り替わった。
《五年と二十日》
《二十日》
《十九日二十三時間五十九分》
会社の五年が、一秒で消えた。
央丞は足を止めなかった。電車代の二十分を寿命で払い、改札を抜ける。車内で継柊へ「間に合う」と送った。
残り十九日。
病院に着き、父の手術同意へ指を置く。継柊も隣で押した。
《家族同意を確認》
《手術を開始します》
弟が央丞の顔を見る。
「兄ちゃん、色悪くない?」
「走ったから」
手術は成功した。
夜明け前、父の意識が戻る。央丞はベッド脇で笑った。
「会社、首になった」
父は弱い声で怒った。
「俺なんかのために」
「俺なんか、って言うな」
残り十八日。
再就職アプリを開くと、すべての求人が《就業継続見込み三十日以上》を条件にしていた。
継柊が自分の寿命を送ろうとしたが、学生の彼は三年分を学費担保にしている。移せる残量はゼロだった。
退院日の予定が二十一日後に決まる。
央丞の残りは、その三日前までしかない。
父は「迎えに来い」と言った。
央丞はうなずき、端末の予定表へ退院日を入れた。
《その日時には利用者が存在しない可能性があります》
警告を閉じる。
会社から最後の通知が届いた。
《定着ボーナス五年を回収しました。ご利用ありがとうございました》
央丞は父に見えないよう、画面を伏せた。