冷却材は一人一枚

柚木響己が熱を出した夜、共同住宅「凪の間」には体温計が一つ、冷却材が三枚、住人が五人いた。

三十九度近い数字を見ても、響己は「朝になったら出る」と言った。昼間、前の勤め先から寮の荷物を引き取れと連絡があり、誰にも相談せず、この家まで持ち込んだからだ。廊下には段ボールが積まれ、本人はそれを迷惑料のように見ていた。

神林麻緒は冷却材へ油性ペンで番号を書いた。

「一番は額。二番は脇。三番は交換用」

「他の人が熱出したら」

「今日は出さないよう祈る」

響己の布団を窓際から暖房の近くへ移し、二人でシーツを替えた。汗を吸った服は袋へ入れ、麻緒が洗面器で手洗いする。響己は座っているだけでも息が切れたが、袖口だけは自分ですすいだ。

「触らなくていい。うつる」

「もう同じ鍋のうどん食べた」

「それ、俺が来る前」

「じゃあ今夜食べる」

麻緒は生姜を刻み、卵を落とした。響己は半分しか食べられなかった。残りを捨てようとすると、麻緒が器ごと冷蔵庫へ入れた。

夜中、冷却材を替えるたび、響己は目を覚ました。朝になれば追い出される夢を見たと言いかけ、やめた。麻緒も、いつまで置いてもらえるかは言わなかった。

夜のあいだ、ほかの住人も交代で湯を沸かし、洗濯物を乾かした。誰も響己の退職理由を聞かず、代わりに段ボールへ「割れ物」「冬服」と札を貼った。朝方、響己は目を覚ますたび、廊下を通る足音の数を数えた。五人分の気配が途切れないことに安心している自分へ気づき、毛布を鼻まで引き上げた。

翌日の夕方、診療所から戻ると、廊下の段ボールは壁際へきれいに積み直されていた。その前に、住人全員の冷却材を入れる小さな籠が置かれている。三枚の下には新しく買った一枚があり、〈四 響己の予備〉と書かれていた。

診療所代は翌月の分割になった。麻緒は領収書を共同の書類箱へ入れ、響己は自分の欄を作った。払える保証はなくても、なくさない場所は決まった。

響己は自分の荷物からタオルを一枚出した。畳んで籠の隣へ置き、段ボールの一番上だけを開けた。