冷蔵庫の二つのことば

 母がこの国へ来たころ、知っている言葉は「こんにちは」と「ありがとう」だけだった。

 私は四歳で、母の生まれた国の言葉を少ししか話せなかった。

 そこで二人は、冷蔵庫を辞書にした。

〈みず〉

 私が青い磁石で貼る。

 母は隣へ、故郷の文字を書く。

〈ねこ〉

 母の発音を私が笑う。

 私の発音を母も笑う。

〈おかえり〉

 母はなかなか覚えなかった。

「ただいま」といつも反対に言った。

 だから帰宅した私が「ただいま」と言うと、母も「ただいま」と答え、二人とも家へ帰ってきたことになった。

 小学校の授業参観で、母は自己紹介をした。

「わたしは、この子の、おかあ……おかあ、さん、です」

 後ろの席で誰かが小さく笑った。

 私は顔が熱くなり、授業が終わると先に廊下へ出た。母は追いかけず、少し離れて歩いた。

 家に帰ると、冷蔵庫の前で母が言った。

「今日のことば、教えて」

「ない」

「一日ひとつ、約束」

「今日はない!」

 母は黙り、買い物袋から牛乳を出した。冷蔵庫には、二人で覚えた言葉が隙間なく並んでいる。雨、靴、眠い、好き、けんか、ごめん。

 母は一枚だけ空いていた隅へ、自分の国の文字を書いた。

「これは?」

「はずかしい、です」

 私は母の横顔を見た。

 笑われたのは母なのに、恥ずかしくなって逃げたのは私だった。

 私は新しい紙を切り、日本語で〈じまん〉と書いた。

「どういう意味?」

「お母さんが、二つの言葉を話せること」

 少し考え、もう一枚へ書いた。

〈ずるい〉

「これは?」

「私はまだ、一つ半分しか話せないから」

 母は笑い、私を抱きしめた。

 数年後、冷蔵庫は紙で覆われ、扉の色が見えなくなった。最後に残った取っ手の近くへ、母が〈かぞく〉と書いた。

 私は故郷の言葉で同じ意味を書こうとしたが、つづりを間違えた。

 母は直さなかった。

「どうして?」

「家族は、間違っても分かるから」

 私たちは今でも、帰宅すると同時に「ただいま」と言う。

 二人とも帰ってきたことにする、幼いころからの家の言葉だ。

 それが、私たちだけの変わらない合言葉になった。