処方箋のない特別扱い
閉店間際の薬局で、粟生野竜禅はカウンターを拳で叩いた。
「いつもの眠剤を出せと言ってるんだ。医者に行く時間なんかない。俺を誰だと思ってる」
薬剤師が処方箋なしには渡せないと説明すると、粟生野はスマートフォンの画面を突きつけた。
「この診断書が見えないのか。断るなら、病気を悪化させた責任を取れ。店ごと訴えるぞ」
後ろにいた革のライダース姿の男が、画面を覗いた。太い腕に古い火傷跡がある。
「その診断書、私が書いたことになっていますね」
粟生野が振り返る。
男は竜胆原慧礼と名乗り、市立病院救命救急科の医師証を見せた。画面の署名には彼の名前が使われていたが、診断書番号も印影も存在しないものだった。
「画像を加工しましたね」
「ネットでもらっただけだ。医者本人なら、今ここで処方しろよ」
「診察もせず、薬局で処方はできません。そもそも、あなたを診たことがない」
粟生野は薬剤師へ向き直り、「医者がいるんだから出せ」と怒鳴った。竜胆原は低い声で一度だけ遮った。
「この人は、あなたの命を守るために断っています。違法な要求へ従わせることを、特別扱いとは呼びません」
店長が警察へ連絡し、薬局の防犯映像を保存した。粟生野はカウンター内へ手を伸ばしており、薬剤師の名札を撮影して「家を調べる」と発言した音声も残っていた。
逃げようとした粟生野の端末へ、偽造診断書を販売した相手とのメッセージ通知が表示される。警察官は本人の同意を求め、画面を確認した。複数の薬局で同じ画像を使い、薬を集めて転売する相談まで並んでいた。
粟生野は急に体調が悪いと言い出した。
竜胆原はすぐ椅子へ座らせ、脈を測った。
「具合が悪いなら救急外来へ案内します。薬を渡す代わりに見捨てることはしません」
警察官が偽造画像の端末を保全し、薬局から正式な被害届の手続きが始まる。
薬剤師が調剤棚の鍵を閉めた瞬間、薬を力ずくで奪うつもりだった男には、診察と取調べの順番だけが正しく用意された。