処方箋の裏側

十六時五十五分。棚町玖温は薬局の在庫端末を開いた。

睡眠薬、三十錠不足。十七時の棚卸し確定までに帳尻を合わせれば、監査には残らない。

カウンターの老女が青い処方箋を差し出す。

「袋、二重にしてください。雨が降りそうだから」

玖温はうなずき、錠剤を数え、空箱のロット番号を入力した。確定ボタンへ触れた瞬間、バーコードリーダーが鋭く鳴る。

十六時五十五分。青い処方箋がまた差し出された。

二周目は返品処理を作った。三周目は期限切れ廃棄へ混ぜた。四周目は研修生の入力ミスに見せた。どの方法も十七時の確定音と同時に、老女の言葉まで巻き戻る。

「袋、二重にしてください」

差分だけが増えた。蛍光灯の唸りが耳につく。錠剤を落とす指が震える。制服の胸ポケットには、自分が少しずつ抜いた薬の空シートが入っていた。

夜勤明けに眠れず、一錠だけのつもりだった。次は二錠。気づけば三十。患者へ渡す薬を飲んで、患者の前では眠そうな顔を責めた。周回するたび喉は乾いたままなのに、胸ポケットの空シートだけは新品の形へ戻る。その清潔さが、何度見てもいちばん汚れて見えた。

五周目、玖温は研修生のIDで虚偽処理を完成させた。数字は一致し、監査表示が緑になる。成功条件は満たした。

だが確定ボタンを押す直前、青い処方箋の裏に、老女の丸い字が見えた。

《薬剤師さん、いつも眠そう。無理しないで》

最初から書いてあったのか、何周目かで書かれたのか分からない。

六周目。玖温は返品欄も廃棄欄も開かなかった。不足理由の選択肢で「職員による不正使用」を選び、使用者欄へ自分の職員番号を入れる。空シートを透明袋に封じ、監査部への通報を確定した。

「袋、二重にしてください」

「はい。僕の分も、二重にしておきます」

老女には意味が分からず、首を傾げた。

十七時。端末に《資格停止手続き》が表示された。時計は十七時一分へ進む。薬袋の紙が擦れる音の向こうで、玖温は白衣の名札を外した。今夜はもう、眠るための薬を持ち帰れなかった。