出張申請の余白

国見小春は旅行会社で働いているのに、職場では「休日は近所から出ない人」で通っていた。

お客様の新婚旅行や社員旅行は、乗換時間まで美しく組める。自分の舞台遠征も同じだった。金曜夜の名古屋、土曜朝の京都、日曜午後の神戸。公演時間と終電、劇場からホテルまでの屋根のある道まで表にする。ただし、その行程表だけは個人フォルダの奥へ隠していた。

同僚からおすすめの旅先を聞かれても、「人混みが苦手なので」とかわす。実際は、知らない駅の構内図を読むのも、開演前の街を歩くのも好きだった。好きだからこそ仕事並みに整えた表を、遊びに必死な証拠だと思われるのが怖かった。

月末、出張精算の添付ファイルを間違えた。

経理から届いた連絡には、無機質な一文があった。

《添付資料について確認したい点があります》

会議室へ入ると、机の上に「星巡り全国ツアー遠征計画」と題した表が置かれていた。推しの出演回には星印、物販開始時刻には赤字。欄外には「終演後、余韻のため十五分確保」とまで書いてある。

小春は、会社のお金を使っていないことを早口で説明した。経理担当は途中で手を上げる。

「そこは確認済みです。交通費も宿泊費も、全部個人決済でした」

指摘されたのは、私用ファイルに顧客向けのテンプレートを流用していたことだった。情報管理上、保存場所を分ければ問題ない。

担当者は行程表を返しながら、余白の一行を指した。

「この十五分、いいですね。うちの家族旅行にも入れたいです」

笑われると思っていた細部を、工夫として見られた。小春は肩から力が抜けた。

午後、次月の休暇希望を出す画面を開く。いつも理由欄には「私用」とだけ書く。けれど、旅行を仕事にしている自分が、いちばん大切な旅だけを存在しないように扱うのは変だった。

小春は新しい個人用テンプレートを作った。タイトルは「舞台遠征計画」。会社のものより少しだけ丸い字体にした。

休暇申請の余白には、こう入力する。

『京都公演観劇のため』

送信後、机の引き出しからツアーの小さな旗を出し、ペン立ての横へ立てた。